2/ 仄暗き賢者
コンコン。
古びた木の扉を叩く音が響く。
穏やかな微睡みから醒め、むくりと緩慢に身体を起こす。
「あぁ──えぇ、どうぞ」
大きな欠伸と共に来訪者を促す。
来訪者は軋む扉を開け、その姿を露わにした。
「──おはようございます。長い夜でしたね。私を覚えていますか?」
来訪者は恭しく帽子を取り、深く一礼した。
いったい何時振りかも判らない程の目覚めだが、彼女は眼前の男を鮮明に記憶していた。
「そう──エゼキエル、エゼキエルだね。ああ、おはよう。そっちの方ではどのくらい経っているのかな?」
「およそ二世紀ほどですね。最後に貴女が起きていたのは二十一世紀の中頃です。今は西暦二二六一年、二十三世紀も後半ですよ」
──まだそんな程度か。
何の感慨もなく、彼女は嘆息する。
全てを放棄し、久遠の眠りに就いたはずの身には、二百年という刻はあまりにも短すぎた。
「ま、何が目的かは知らないけど、久し振りの再会だ。そんな所に突っ立ってないで上がりなさいな」
「それでは失敬。ところで、客人を迎えるなら貴女も何か身に纏った方が良いのでは?」
「ん、そうだね」
真っ白で殺風景な部屋。
同じく白い寝床に座す彼女は、粗末な毛布を除いて何一つ身に纏っていなかった。
顔と同じく、全身に刻まれた蒼い植物状の幾何学模様。
白磁のような肌に浮かぶそれは、粗野な古代の部族の戦化粧に似て、虚空じみた希薄な空気を放つ彼女にはおよそ相応しくない代物である。
「せっかくだ。少しばかりくつろいでいきなよ。たまにはもっと、息を抜いてゆったりと……」
視認するまでもなく簡素な白布を身につけた彼女は、どうやったのか瞬時に伽藍洞な部屋を小洒落た客間に変えた。
「感謝します。我らが最良の隣人。いやはや、友情とはいつになっても素晴らしい主の恵みだ」
「そうかもね。キミとも長い付き合いになる。思えばいつも記憶にキミの顔が映り込んで仕方がない。こういうのを腐れ縁と言うのかな」
「そうですねぇ、貴女と出会ったのは民族離散から少し経った辺りでしたから……お互い、あの救世主に出会えなかったのは不運としか言いようがない」
過ぎ去った時間を惜しむように、小さく笑い合う。
「ともあれ、貴女が壮健で何より。そちらの意向は尊重したいところではありますが、私──我々にはあまり時間がないのです。故にここらで本題に入らせていただきたく」
穏やかながら有無を言わせぬ凄みを浮かべるエゼキエル。
厚い髭に覆われた面貌は、笑顔のベールを被せてもなお隠し切れぬ焦燥が滲んでいる。
変わらずぼんやりと虚空を眺めている彼女に、エゼキエルは急くように口を開く。
「では──そうですね。簡潔に纏めると、我々の世界は滅びてしまいました。もう我々の知るあの世界はどこにもないのです」
──それは、あまりにも簡素に過ぎる黙示録であった。