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1/ 地獄にて


 ──いつかどこかで。


 天秤の皿から溢れた人々を、ただ見つめている女がいた。

 

 その足元には死屍累々。

 流れる河は深紅に染まり、風が運ぶ死臭は嘆きに乗って三千世界に満ち満ちる。

 見渡せど見渡せど映るのは血と肉ばかり。

 地を舐め天を焦がす煉獄の最中、ただ一人の女が動じることもなく佇んでいる。


 場違いなほどに泰然とした立ち姿、瞳に映り込む眼前の地獄を前にして、その在り様は異様そのものであった。


 ──何より異様であるのはその眼。

 流麗な睫毛で彩られた大きな双眸は、それぞれがまるで電光のようにちかちかと色が変わり、煌びやかに虹の輝きを放っている。

 その眼に反射する地獄もそれに合わせて色を変じ、まさしく千変万化。


「……はぁ」


 女は周囲を一瞥し、大きく息をつく。

 儚げな、場に合わぬ端麗な容貌。

 ぼんやりと空を眺めながら、星の輝きを覆う黒煙を眺めていた。

 ──いつも、ただ意味もなく地獄を彷徨っている。


こんにちは(シャローム)、素敵なご婦人。このような所でどうされたのです?」


 これまた奇妙なことに、揺らめく陽炎の彼方より一人の男が姿を現す。

 壮年ほどの年頃だろうか、その男は黒いローブと帽子(キッパー)を身に付け、大きな鉤鼻の下は厚い髭で覆われている。


「……どうも。何って、何も。ただ、ここにいるだけだよ」


 短く切り揃えられた栗色の髪が揺れる。

 蒼い幾何学模様が施された白い顔貌。

 薄汚れた粗末な布を纏ってなお輝くような美貌は月映えさながらだ。

 女は、とても気怠げに言葉を返した。


「それはそれは。私はエゼキエル。見ての通り、しがない数秘術師(タンナー)です。我々は貴女のような人物を探していました。失礼ながら、名を伺わせていただきたく……」


 慇懃に、しかし単刀直入に尋ねるエゼキエル。

 まるで周囲の有様など気にも留めていない、奇妙な会話。

 木漏れ日の下を散歩するような気軽さの中、女は胡乱な瞳で思案する。


「えー、あー、なんだっけ……ごめんね、私にはよくわからない」

「ふむ、それは結構。しかしこうして出会えたのもまた主の思し召し。ここは一つ、私の話を聞いてみませんか?」


 (うやうや)しく手を差し出すエゼキエル。

 革手袋に包まれた黒い手。


 その手を握る白く細い手。

 二人の超越者が(まみ)える時、世界は大きく動き始めた。

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