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第一章 3

「よーーし到着ッ!」




ピシッと両腕を横に広げ謎のポーズをとるルチル。



少し遅れてオレが到着する。




「……ここは、変わらないな」




「うん、気持ちいいねぇ」




標高は30mほどの小さなものだが、ここからはウル村も見渡せ、その先の高原まで一望できた。



丘の頂上には一面の緑が生い茂っており、その中央にはこの丘の象徴と言わんばかりの立派な一本の大木がそびえたっている。



その大木を見た瞬間、多くの顔が頭をよぎった。




脳にかかっていた霧が少しずつ晴れていく。



何故こんな大切な事を忘れていたのか……。




「……なあ、ところで、クラナたちは今日はこないのか?」




クラナ、ダウパー、リーディ、それが今の今まで忘れていたオレとルチルの幼馴染たち。




彼らもオレと同じ孤児院で共に育ち、同年代の人間が少なかったことから、オレたちはすぐに仲良くなれた。




4人でこの丘で遊んでいるところにたまたま村長の娘であるルチルが現れ、彼女ともすぐに意気投合し、それ以来ここがオレたちの最高の遊び場所になった。




「……も~う、今日は二人だけでくる約束だったでしょ~! まだ寝てるのかな~」




一瞬の沈黙の後、ふざけた仕草でオレの固く寝ぐせの付いた髪をワシャワシャとかき回す。




「そう、か」




ルチルの手を払いのけながら答える。




まだ、霧は完全には消えていない。



まだ重要な「何か」を忘れている、そんな実感が何故かオレの中にはあった。




「今日はお弁当も気合入れて作ってきたんだから! 早速食べよう、ってあれ?」




ルチルが言葉を言い切る前にオレも異変に気付いていた。



さっきまで顔を見せていた太陽が隠れている。



それどころか空全体を黒い雲が覆っていた。



そして、小ぶりの雨が降り始める。




「あーもう、せっかく作ってきたのに! 雨のバカ!」




木の下に緊急避難するルチル。






その光景を見て脳裏に様々な事が横切った。




(……前にも似たようなことがあった? いや……同じ? ―――まさかっ!?)




頭の中の霧が完全に消えた。






次の瞬間。




パッ、と光ると同時に、轟音が鳴り響く。




オレが先ほどまで立っていたその場所と半径1mほどが真っ黒に焦げ付いていた。




「ほう? まあこういう事もありますかね」




仮面を被った道化師風の男が空からゆっくりと降り立つ。



その体には強力な魔力を纏っており、雨は奴の体に触れる前に蒸発していた。





オレはこいつを知っている。




こいつがオレに雷の魔法を落とすことも知っていた。




こいつがどれほど強い奴なのかも知っている。




こいつが、これからどんなことをしでそうとしているのかも……!!




「逃げろ!! ルチル!!」




戸津減の異常なこの現状に呆気を取られ身動きとれないルチルに、怒号とも取れる言葉を投げかけながら奴との距離を一瞬で詰める。




―――なぜこんなことが起きているのか?




そんな疑問が脳裏をよぎるが無理やり奥にしまいこむ。



そんなことを考えながら戦える相手ではないことはわかりきっていた。




「フッ!!」




奴の身体めがけて全力の拳を繰り出す。



並みの人間ならそれだけで地に崩れ落ちるであろう一撃。



命中した、と思ったその拳が切ったのは、いつの間にか大きくなっていた雨粒のみだった。



その直後、腹に大きな衝撃を感じ、オレの体はちょうどルチルがいる大木の付近まで吹き飛ばされた。




「ルキウス!?」




心配そうな声を上げ、オレの元に駆け寄ろうとするルチル。




「バカ……早く逃げろ……」




身体を半身起こし、手でルチルを御する。



口の中が血の味で満たされている



砕けた肋骨の痛みに頭がどうにかなりそうになる。





―――思い出す。 




弱く、何も出来ないまま成すすべもなく大切な人を失う哀しみと屈辱を。




そしてクラナ、タウパー、リーディ、オレは誓った。




必ず取り戻して見せると。




そしてまた、みんなでこの丘に集まると。





貧弱すぎるこの体が心底嫌になる。



体中が悲鳴を上げているが、オレは気力で立ち上がり、近くに落ちていた木の枝を拾い上げる。




「ふぅ、ここまで痛い目をみてもらうつもりはなかったんですがねぇ」




やれやれ、と首を振る奴の右手に禍々しい魔力の塊が現れる。




「まあ再起不能にはしませんよ。 私が怒られてしまいますからねぇ」





奴の言葉はオレには届いていなかった。



己以外の全ての情報を遮断。



静かに呼吸を整え、全神経を腰に構えた木の枝に集中する。



騒がしすぎる雨音も聞こえず、完全な静寂の中で「あの日」の事を思い返す。





―――大丈夫だ。しっかりと覚えている。





眼にも止まらぬスピードでそれを横なぎに放つ。



その衝撃による波は付近の雨粒を全て吹き飛ばすほどのものだった。



大木の枝は大きく揺れ動き、大地に生える草花は宙を舞う。



右手に持った枝は空気との摩擦に耐えられるわけもなくボロボロに焼け落ちた。



それと同時に自分の右腕の神経、筋肉が千切れる嫌な感触もあった。



だが、―——全く手応えも感じなかった。




「いやぁ木の枝で凄まじい威力ですねぇ」




背後から奴の声が聞こえる。




「でも……そろそろ寝ちゃってください」




そこでオレの意識は途絶え、次に目覚めたとき、そこにルチルの姿はなかった。

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