鐘楼 2
わたしは動かない。ランベールさんに、背後から抱きしめられるみたいな格好だ。わたしが落ちて死んだりしたらことだし、多分、今のわたしの精神状態ならそれをやりかねないと思われているのだろう。
「あなたは聖女らしくない」
それは知っている。わたしだって、自分を聖女だなんて思っていない。投げ出せるものなら投げ出したい。それができないからこんなことになっている。
ランベールさんを肩越しに仰いだ。なんだか哀しそうな顔をしている。
「聖女は、兵の為に泣くことなどないと思っていた」
「……泣いていません」
「わたしの見間違いだったのか。それとも、〈遠く〉ではあれを泣くと云わぬのか?」
軽く笑うような声に、わたしは顔を背ける。「わたしも、ずかずかとお風呂へ這入ってくるひとが居るとは思いませんでした」
「不可抗力だ」
精一杯の返しだったのだが、にべもない。
兵達が城壁のなかへ這入っていく。階段があるのだと思う。
「エーヴェさんはどんなひとだったんですか」
「……それを知れば、あなたはまた泣くのでは?」
「泣いたら、聖女らしくないですか」
聖女と云うものは、朗らかで、快活で、強いものらしいから。
だが、ランベールさんは否定した。
「いや。あなたには、泣いてほしくはない」
ランベールさんは数歩、後ろへさがる。わたしもだ。彼の腕がゆるみ、手がゆるむ。
体が離れた。振り返ると、ランベールさんは無表情だ。
「あなたのような清らかなひとが哀しんで泣くのは、おかしなことだ」
「……きよらか?」
「そうでない、と云われても、信用できぬ」
ランベールさんはちょっと笑った。でも哀しそうだ。「エーヴェのことは、何れ。あなたがもう少し冷静な時に。いや、わたしが冷静な時に、だろうか。どうも、わたしは気がたっているらしいから。まったく下らぬ、ばかばかしい、呆れた政治的なあれやこれやで。ただ憲章で定められているから王位継承権があると云うだけの、敵国の女を母に持つ、つまらぬ男ひとりを、やけに怪しみ警戒する陛下へ対して。もしくは、稚い、無垢な少女を捕まえて、友人の命をちらつかせて死地へ送りこむ王家へ対して。そして、夢想的な少女が、十四にもなるのにお伽話と現実の区別もついていない様子なのに対して」
「……わたしの護衛になったら、ランベールさんは安全なんですか」
聖女と親しくなれる立場にある、のは、まずいのではないだろうか。
しかし、ランベールさんは頷く。
「あなたはどこまでもひとがいいようだ。勿論、安全だとも。寧ろ陛下は喜んでいるだろう。わたしが死んでも誰も陛下を責めない。聖女さまをまもって死ぬのだから、わたしの尊厳は保たれ、陛下の名誉もまもられる。詰まり、わたしは大概、どのような場面でも、死ぬことを期待されているが、その期待が強まった。そういうことだと理解してほしい」
理解はできたが吐き気がした。
ランベールさんは云う。
「だがよい面のほうが大きい。装備を調える為の資金も、〈雫〉へ兌換する玉貨も、陛下は多すぎる程にくれるそうだ。聖女をまもる部隊が、粗末な装備であっては、国内外へはじをさらすことになる。それに、できうる限りよい装備で死んでもらいたいのだろう。わたしが称号程ではないと国民へ印象づける為に」
ランベールさんは後退って、左あしを階段へ降ろした。「わたしには、あなたにぺらぺらと、よしなしごとを喋る癖があるようだ。戻りましょう、あめのさま。時間をかけすぎたようです。ひとのことは云えませんね」
さしだされた手に手を重ねた。手首にランベールさんの爪の跡がついている。




