おかしなひと
本営を出る頃には、木を切る音がひっきりなしに聴こえていた。この音は、敵陣営に届いているだろうか。届いてしまっていたら、森を切り拓いていることが露見する。それはうまくないが、音を消す方策もないし……いや、魔法でどうにかできるのかしら……だから、わたしが魔法でてっとりばやく切ってしまうというのが……。
ランベールさんは少し、歩く速度をゆるめる。
その理由はすぐにわかった。非番なのだろう、兵と覚しい男性と、着飾った女性の組み合わせが、複数、うろうろしている。まあ、そういうことだろう。女性達はどうみても、炊き出しだとか、鍛冶の手伝いだとかで来ているという雰囲気ではない。きちんと化粧をして、上等な布地の服を着ている。
でもどうして、ここまで歩いてきたのか、わからない。市場みたいなものは、もう少し西にできていたんじゃなかった? わたしの記憶違いかしら。実際に足を運んだ気がしていたのだけれど。
ランベールさんが舌を打った。それなりの音が響き、男性達の幾らかがこちらを向く。勿論、女性達もそうするのだが、男性達よりも反応は鈍かった。
こちらを見た男性達は、ランベールさんに気付いてぺこぺこした。そのまま、敵妓をつれてさーっと逃げていく。ランベールさんは大変いやそうに、鼻を鳴らした。
ランベールさんは男女の組み合わせが居なくなったのを見計らい、わたしを促して歩き出す。やっぱりゆっくりな速度で、不機嫌げに云う。「まったく、嘆かわしい」
「いいじゃないですか」わたしは苦笑いになり、低声で返した。「問題が起こらないようにお金は渡しているんです。勿論、なにかあったらきちんと双方の意見を聴いて、仲裁してくれるひとが必要だとは思いますけれど、もめていた様子ではなかったですし」
「あなたはおかしなひとだな」
軽く睨まれた。わたしは肩をすくめる。ランベールさんがわたしの言葉のどの部分をおかしいと云っているのか、いまいちわからない。
そういう商売があって、国が禁止していなくて、きちんとした形態で営業しているのだ。女性達を責めるのは筋違いである。勿論、合法的に経営されているお店で買いものをした男性を責める理由も、手段もない。気分でもないし。
「店ですべてすませてしまえばいい」
ランベールさんはなおも、小さな声で云うが、多分ひとりごとだ。わたしに対して云ってはいない。
だから、わたしはなにも云わない。店から出てこの辺りをうろついていることに対する怒りか、とは思った。怒るようなことかしら、とも。
ランベールさんはぶつぶつ続ける。「このようなところまで歩いてきて、なにをするというのだろう」
ふむ。
ランベールさんはこの手のことに関して、相当に潔癖なようだ。長期間戦場に縛りつけられる軍人ならば、割り切っているものだと思っていた。ああいう商売のひと達がやってくるのは普通のことだそうだし、法的に問題ないなら目くじらを立てなくてもいい。
なにか、宗教的なものがあるのかしら。
彼はわたしから見れば充分、大人なのだけれど、こういう子どものような一面もある。なんとなく、好もしい。
わたしはしらずしらず、笑うような顔になっていたみたいだ。ランベールさんがわたしに一瞥をくれ、むっとした。ほら、すぐに顔に出る。




