歓迎?
どことない不安がある。なにか見落としがあるのではないか、なにか忘れていないか、というのが、不安なんだと思う。
どうせあとからあとから、不備は出てくるのだ。
「皆さん、疲れているでしょう」
低声で云う。「少しくらいは、気休めの時間が必要です。楽しくすごすような時間、いやなことを忘れていられる時間が」
「あなたに心配されることではない」
ランベールさんは小さく、かなりつめたい調子でそう云った。
わたしは口を噤む。
彼はもっと低めた声で続ける。
「わたしが裁量しましょう。あなたこそ、そう云った時間が必要に思える。ゆっくりと休んではいかがですか」
わたしは返答しなかった。本営に到着して、なにか話し合いがあるというランベールさんとそこで別れ、わたしは部屋へひっこんだ。
寝間着にかえて、歯を磨き、スゥーリーに餌をあげた。彼はわたしが与えた木苺を抱え、どういう訳だかケージのなかをしばらくうろついた。隠れるところをさがしているような動きだ。
わたしは侍従に頼んで、スゥーリーがもぐりこめるような飼い葉を用意してもらった。それをケージの片隅に積み上げておく。
スゥーリーは落ち着かないみたいだった。戦争の雰囲気を感じとっているのだろう。わたしは彼に恢復魔法をかけ、軽くブラッシングした。彼は結局、木苺を半分食べて放置した。
あれは明日までに腐るだろう。
深夜だと思う。寝間着姿でベッドに横たわっていたわたしは、物音で目を覚ました。
「アルバンさん?」
どうしてその名前がまっさきに思い浮かんだのか、自分でもわからなかった。
三秒くらいで、理解する。帳の向こうに、強い光源が存在していた。位置から判断するに、侍従達の部屋へつながる扉が開いている。だから、とっさに侍従の名前が口から出た。それだけのことだ。
それだけのこと?
侍従の部屋への扉は、封じた筈だ。宮廷魔導士が。侍従の要望で。そういったものは不敬だしいらぬ誤解を招きかねないから。
反射的にベッドから転がり落ちた。近場でなにか大きな音がして、すぐに、辺りがきな臭くなってきた。
絡みついてくる帳から逃れる。まずいことになったようだ。なにかが燃えている。おそらく、わたしが絡まっているのの反対側の帳が。
誰かがわたしを焼き殺そうとしているみたい。
魔法文字をささやく声が聴こえた。ばけものではないとわかる。きちんと魔法文字だった。スプロ・パーズ・マァイと。ばけものも魔法をつかうけれど、魔法文字は人間がつかっているものと違うのか、読みかたが違うのか、同じ発音にはならない。
だから彼はわたしを燃やそうとしているのだ。焼き殺そうと。
彼。男性の声だから。多分。自信はない。動揺している。
「誰ですか?」
訊いてみた。わたしはようやく、帳から解放され、ベッドからはなれる。
あしおとでわかったみたいで、襲撃者もじりじりとやってきた。それは、わたしはあしおとで判断している。
目がくらやみに慣れていない。というか、ごおごおと燃えさかる炎と、侍従の部屋の灯があって、そのコントラストで目が痛い。どちらにフォーカスすべきか水晶体も迷っているのだろう。いまいちどちらもはっきりしない。おまけに、煙が目にしみる。いやな情況だ。




