〈灰の広場〉へ
食事が終わり、食器が片付けられる。わたしは一旦浴室へ行って、用を足したり、歯を磨いたりした。
居間へ戻ると、ヴァグエット先生が来ている。本棚から本やノートをとりだし、テーブルへ並べていた。「おはようございます、先生」
わたしの挨拶に、あちらは腰をぬかさんばかりに驚き、壁際まで後退る。
エーミレさんが咳払いした。
「ヴァグエット師、あめのさまがおはようと仰せです」
「お。おはようございます聖女さま……」
ぺこぺこされた。なんだか、……こわがられている? まさか、気のせいだろう。
ヴァグエット先生は落ち着かない手付きでテーブルを整え、それから廊下への扉を示す。
「か。〈灰の広場〉に下位コンバーターがあ。ございます。そちらで〈器〉の正確な数値を計測いたしましょう」
ああ、そういう予定だったっけ。ランベールさんも、下位コンバーターではかれると云っていた。
わたしは頷いて、廊下へ出ようとする。兵ふたりがさっとついてきた。ヴァグエット先生も、慌てた様子で追ってくる。
廊下には侍従のうちふたりが居て、下位コンバーターのことは聴いていたのか、なにも云わずについてきた。
下の階には、兵数人と、宮廷魔導士がふたり居た。
宮廷魔導士はどちらもわたしの専属で、昨日は教材の準備などで挨拶に来ることができなかったそう。後は、下位コンバーターで〈器〉をはかるので、その記録をとる為に、官吏を借りる申請も必要あったらしい。
おてかずを、と、わたしのぎこちない詫びに、彼らはふるふると頭を振り、恐縮する。一番若くて二十歳くらいなのが、タリエル先生。三十歳くらいなのが、マルス先生。
外へ出る。雪が軽く積もっているが、誰かが〈灰の広場〉までの道をつくってくれていた。わたし達の歩くところだけ除雪されている。今度の冬はたいしたことがない、というようなことを、兵達が喋っていた。
「あ」エーミレさんが怪訝そうに云う。「あれは……公主殿下ではないか?」
足許を見ていたわたしは顔を上げ、エーミレさんの視線を追った。
くらい紺のドレスに赤紫の上着を着て、みつあみにした髪をぐるりと頭にまきつけ、蝶々を模した金に赤い石の飾りをつけた、レディーヌさまが居た。
レディーヌさまは今日も、お付きの女性をつれている。ただし、昨日よりも数が多く、五人居た。それから、赤に金の外套を着て、揃いの鞘の剣を佩いた兵が四人、困惑顔で、女性達をまもるように立っている。それに、肩章をつけた官吏が三人、記録の為にかクリップボードみたいなものと、木炭を持って、気まずそうにしていた。
〈灰の広場〉は、灰色の石を敷いた広場だ。そのまわりには植物の姿も見えるが、〈灰の広場〉内は完璧に除草され、綺麗に掃除されている。勿論雪もない。
エーミレさんが走るようにして先に〈灰の広場〉へ這入った。険しい表情だ。「これはどういうことだ? ロッル公主護衛隊隊長?」
「エーミレ卿」兵のひとり、濃い茶髪に青い瞳の青年が答える。「その……」
「今日は聖女さまがこちらの下位コンバーターをつかうと申請して、許可はおりている筈だ」
「わたくし、お散歩していましたの」
レディーヌさまが口をはさむと、エーミレさんは黙る。ロッルさんは首をすくめた。だけでなく、兵もそうする。
レディーヌさまはこちらへ笑みを向けてきた。優しそうな笑顔だ。わたしはなんとなく目を伏せる。
「そうしたら、こちらで聖女さまが〈器〉をはかると聴いて。見ていても宜しいでしょう?」
エーミレさんがこちらを振り返る。判断はわたしが下さないといけないようだ。
お姫さまを追い返すなんてできない。だから、頷いた。
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