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誠実


 彼は武装らしい武装をしていなかった。チュニックと、ずぼんと、マントと……髪は結ってもいない。

 室内は、ほのぐらい。もう夜なのだろうか。おなかが痛くて、食欲もなくて、時間の感覚が狂っている。

「なにか、食べられそうか」

 彼は端的だった。わたしは頭を振った。彼はわたしの脇の下に腕をさしいれ、簡単に抱え上げる。

 椅子に座らされた。わたしは背凭れに身を預け、額に手を遣る。手が不気味に熱い。


 ランベールさんは大きなマグと、はちみつのつぼ、小さな木のばけつ、それにティーポットを、円卓に並べた。岡持のようなものからだ。

 ちらっと見るが、兵は居ないし、侍従達もその姿が見えない。魔法の灯が宙に数個、ふわりと漂っていて、読書はぎりぎりできないくらいの光を放っていた。

 ランベールさんは木のばけつから、氷を掴んで、マグへいれた。誰かが生じさせたものだろう。その上へ、ティーポットからお茶を注ぐ。香りで、いつものハーブティだとわかった。今日はすこし、スペアミントが強い。

 はちみつが大きな匙で、マグへ垂らされた。

「飲め」

 ランベールさんはざっと、マグをまぜて、わたしの前へ置いた。湯気がたっているが、大きな氷がはいっているので、あたたかくはないだろう。わたしは息を吐きながら、両手でマグをとる。匙でくるくると、まぜる。

「はやく飲まぬと、あふれるぞ」

 そんなことはない

 そう思ったけれど、わたしはなおも、匙でハーブティをかきまぜ、湯気がなくなるまで待ってから、ひと口すすった。甘くて、爽やかで、こしょうがぴりぴりして、つめたい。

 息を吐く。

 ランベールさんがわたしの隣に座った。彼も、自分用につめたいハーブティをつくって、ひと口ふた口、飲む。

 わたしのマグは、少し時間はかかったが、氷だけになった。

 ランベールさんがそこへ、追加を注ぎ、はちみつを垂らす。

 わたしはマグの中身をかきまぜる。はちみつはなかなかとけない。ねとねとして、マグや匙にまとわりつく。

「侍従に怒鳴り散らしたそうだな」

 ランベールさんは低く、やわらかく、云う。

 わたしはなにも答えない。

「ナイエールは怯えていたぞ。だから彼と、彼の小隊は、明日は本営の防衛任務に就かせる」

 ぱりっと音をたてて、氷にひびがはいる。

 匙でつついた。割れはしない。

「わたしは、お前よりもひとを殺してきた」

 彼を見る。

 手の力がぬけて、匙がマグのなかへ落ちた。

 ランベールさんは自分のマグを見詰めている。

「直接手を下したのもあるが、わたしは戦いの指揮を任されることが多い。指揮官というのは、乱暴に云えば、自軍の兵を殺すのが仕事だ」

 体が震えた。

「どんな戦いであっても、ひとりも味方を死なせずに終わることはない」

 ランベールさんはこちらを見た。

 いつもと違って、わたしが目を伏せる番だ。

 彼はわたしの頬に触れた。とても、優しい手付きで。

「お前が苦しんでいる肩代わりはできない。それは、自分でどうにかするしかないことだ。情けないがわたしはなにもしてやれない」

 彼は誠実だった。わたしの問題は、わたしが決着するしかない。

「だが」ランベールさんはすうっと息を吸った。「これだけは、云う。戦ってくれて、ありがとう。お前のおかげで、多くの兵が救われた。死なずにすんだ。それは、真実だ」

 ぱちんと音をたてて氷が割れた。


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