空腹の晩餐
結局、わたしはなにも口にしなかった。水さえも。
ゴブレットを持ち上げたらとり落としそうだし、ただでさえこちらのテーブルマナーを知らない。今まではごまかせていたが、国王陛下の前で粗相をしたくはなかった。
王太子を辞めさせると簡単に云うようなひとの前で、だ、正しくは。そういう、脅しというか、威嚇をしてくるひとは苦手だし、そういうひとの前では成る丈目立たずなにもしないのが一番だと思っている。
エドゥアルデさまも、片手で優雅に食べられるものばかりを食べ、飲んだ。陛下の前のお皿がほとんどからになった頃に、王太子殿下は云う。
「そういえば、レディーヌは王立病院へ行くのが趣味でしたね」
「あれは王立病院と王立孤児院の院長だ」
さっきのお姫さま、そんなに偉いんだ。わたしと同じくらいの歳に見えたのに、立派なひとなのだな。
エドゥアルデさまがくすっとした。
「そりゃあ、代々の筆頭公主がやるのが決まりだからでしょう。今、公主なのはあの子だけだ。院長と云っても名ばかりで、一度もあしを運ばなかった公主も居ます。イグナセ冬王の次女、ミラベッラ公主に、アムブロイス波濤王の妹、アメリエ公主」
「もうよい。お前の歴史講釈は要らぬ。大した知識もないくせに……なにを云いたいのだ?」
「率直に申しますと、あの子が慰問する時は護衛がつくでしょう。それなら、聖女さまの友人達も安全に移動してもらえると思ったのです。経費もうきますし、あの子が慰問するのに合わせて、聖女さまの友人達を」
「あれは毎日慰問に行っている訳ではない。病人は毎日担ぎ込まれる。解るな?」
陛下が云い、エドゥアルデさまは肩をすくめる。陛下は満足そうだ。「レディーヌに護衛をつけているのは、あれが王家の人間である限り危険があるからだ。しかし王都は適切で公正な統治により、治安がいい。宮廷から王立病院まで行くのに、特に異界人であれば、危険はほとんどないだろう。恢復魔法をつかえないふたりに護衛をさせれば完璧なのではないか」
エドゥアルデさまは、口を歪め、ちょっとの間考えてから云う。
「慥かに、〈陽光の王国〉のなかで一番治安がいい街だとは思いますが……」
「移動が心配だというのなら、移動せねばよい。王立病院でも王立孤児院でも、好きなほうへ寝泊まりすれば」
ぽんと投げつけるような言葉だった。エドゥアルデさまは云い返さない。
これ以上くいさがれば、阿竹くん達は本当に宮廷を追い出され、王立病院で寝泊まりすることになるかもしれない。だから、エドゥアルデさまが云い返さないで居てくれるのが嬉しい。
王立病院が悪いとか、そういうことではない。単にわたしが、王都に居る間は宮廷から動けないからだ。阿竹くん達と会えなくても、宮廷のどこかに居るのだと思えば、気が楽になる。だから、離れてほしくない。
もとの世界のことを解ってくれるのは、あの四人だけだ。だから、失うのがこわい。
阿竹くん達の住まいについても、決まった、宮廷でも外れのほうの、古い城を改装させたそうだ。阿竹くん達は、そこより奥には、基本的には這入れない。わたしが会いたいと云って、許可がとれた時にだけ、特別の許可が出て這入れる。
そこよりも奥には、重要な会議をする場所があったり、陛下や王太子殿下の執務室もあり、許可なく這入りこむと最悪切って捨てられてしまう、のだそう。もとの世界とは常識が違うから、気を付けないと、わたしもとんでもないことをしでかしてしまうかもしれない。




