王室護衛隊隊長、聖女について考える 2
「隊長」
ふっと我に返る。部下達が期待顔でランベールを見ていた。
「なんだ」
「隊長は聖女さまとなにか言葉を交わされたんでしょう? なんと仰言っていましたか?招聘されたばかりの聖女さまは、異界を恋しがって哀しまれると伝わっていますが、あの聖女さまは違いましたよね」
まだ十七にもならないツェレスタンは、素直で裏表がない人間だ。はきはきとして印象もいい。「聖女」は思ったよりも幼かったから、若手のなかで一番感じのいいツェレスタンを案内につけた。機嫌を損ねたら船を沈められるかもしれないからだ。
ランベールは渋々喋る。本当なら浮かれるなと云いたいところだが、云っても無駄だ。
「哀しくとも表に出さないようにしているのだろう。抑制的で、大人しいかただ。騒いで煩わせぬよう」
「はい」
兵達の声が揃う。しかし、ひとりがうずうずして云った。
「隊長、聖女さまはなんと?まさか、なにも話さなかったなんてことはないでしょう」
「……ここはどこか、今は何月何日か。それから、自分は本当に聖女なのかと」
「聖女さまでない訳がないでしょう」
顔に古傷のあるマーリスが、驚いたように云う。「隊長も、自分たち前列の人間も、はっきりと目にした。凝った魔力が聖女さまにまつわって、消えるのを」
「ああ」ランベールは頷く。「おそらく、〈遠く〉には、〈器〉の大きな者が掃いて捨てる程居るのだろう。あちらではありふれた力なのだ」
「こちらではめずらしくて尊い力です」
マーリスの言葉に、兵達は小さく同意の声をあげる。三十年で〈陽光の王国〉は疲弊した。兵は次々死に、まともな訓練もなしに戦地へ送りこまれる。何度か生き残れば昇進し、それが続けばいつかは王室護衛隊にやってくる。王室護衛隊は平時ならば名の通りに王宮に詰めるが、有事は戦で先陣を切る部隊だ。かつては王族が先陣を切っていたからだが……。
戦と云っても、対人だけではない。対化けものの場合もある。と云うよりも、今はそのほうが多い。ランベールは三年間、隊長として護衛隊を率いているが、隊の顔ぶれは三分の二、かわった。
彼らは聖女に縋りたいのだ。聖女は伝統的に従軍する。そして、聖女はすべての魔法文字をつかえる。化けものを退治してくれるかもしれない。それが無理でも、怪我を治してくれるかもしれない。そんな期待が透けて見える。
あんな幼い娘を戦場へ? 冗談ではない。
「あまり、聖女さまに過度な期待をせぬよう」
「しかし、隊長」
「聖女さまと雖も、まだ成年も迎えていないような娘だ。いきなり大きな負担をかけたらぽっきり折れる」
それには皆、納得したらしい。慥かに幼くて可愛らしいかただ、血を見たらとりみだしてしまうかもしれない、と心配げな声が飛び交う。
ランベールは息を吐く。「聖女」が兵を浮き足立たせ、作戦が失敗した、と云う話もある。それに気を配らねばならない。エドゥアルデ、どうせなら招聘を邪魔してやればよかったのだ。聖女の存在はあらゆるものの均衡を崩す。厄介でしかない。
数週間前、〈陽光の王国〉の王都、王宮内の王太子執務室。
「聖女……ですか」
「ああ」
まさしく陽光のような金の髪を、男と思えぬ細く優美な指でさらりと掻きあげて、王太子エドゥアルデはテーブルの上のものをつつく。
地図だ。〈東大陸〉の全図で、エドゥアルデはその南側、今やほぼ〈影の左の王国〉に支配されつつある、〈水と砂の地〉のある一部分を示している。〈陽光の王国〉との国境近くだ。
「この辺りに、打ち棄てられた聖堂があったろう? わたし達が幼い頃はまだ〈陽光の王国〉のものだった? 一緒に遊んだだろうランベール」
「……あれは、〈遠き場所〉を信仰する一派のものでしょう。〈重たい炎〉を信じる我が国にも、〈降り注ぐ影〉を信じるあの者らにも関わりはない」
そもそも神話に〈遠き場所〉についての記述はない。聖堂も、ランベールはあの朽ちた聖堂しか見たことがない。おそらく、無学な民の間で起こった信仰だ。表1の魔法文字のうち、七つしか神と対応していないことを、据わりが悪く感じる気持ちは解る。
「あれは皆に関わりがあるのだよ、可愛いランベール」
二種類の感情が時間差で訪れたが、ランベールはそれを顔には出さなかった。
ランベールは父が王家の人間で、物心つく前から王宮に出入りしている。ふたつ上のエドゥアルデは、ランベールを子分のように扱い、ランベールの体格がよくなったら自分の護衛兵にした。王の一存で王室護衛隊に異動させられたが、エドゥアルデはまだ、ランベールを自分のもののようにつかう。……しかし、自分で考えなくてもいい情況は楽で、反発と同時にほっとする。
エドゥアルデは流し目をくれて、別の紙を地図の上へひろげた。「聖女に関する資料だ。聖女が招聘された場所、降臨した場所をまとめてある。〈東大陸〉では例の聖堂近くにかたまっているのは解るな?」
「……慥かにそのようですが」
目でざっと読み、ランベールはエドゥアルデを見る。「それがなにか」
「おそらく、〈東大陸〉ではその近辺にしか聖女は来ない。〈遠き場所〉を祀っているから来るのか、聖女が来るから〈遠き場所〉を祀ったのかは解らぬが、どの大陸でも聖女が来るのは〈遠き場所〉を祀った場所の近くだ」
ランベールは、エドゥアルデがどうしてその話を始めたのか、理解できずに黙る。護衛隊の隊長を呼び出してまで、学術的発見を喋るだろうか。
「ランベール、ご褒美はなにがいい?」
「なんの話ですか」
「お前には大変な任務をこなしてもらう。父の許しは得た。その任務に限り、王室護衛隊の主はわたしだ。……聖女を盗んできてもらいたいんだ」
エドゥアルデはにっこりした。ランベールにだけはその笑いかたをする。中性的で線の細い、整った顔は、そうやってあけすけに笑うと、身持ちの悪い女のようだ。見る度に胸が悪くなるのに、その顔で頼みごとをされるとほとんど承諾してしまう。王室護衛隊は王のものだとはねつけたっていいのに。
「密偵から情報がはいった。今月の七週目に、〈影の左の王国〉の王太子は聖女を招聘する。さいわいなのは、聖堂が分割川からさほど離れていないことだ。聖女を奪取したら船で逃げればいい。商人のような船を用意する」
「……奪取はどうするのですか?」
「護衛隊の精鋭を集め、少人数で向かえ。招聘時には兵を置かないのが伝統だ。周囲には居るだろうが、そやつらと戦っても儀式を執り行う者らには聴こえない。聖女をとれば、簡単に攻撃はできない。ついでに、わたし同様お前も、あの辺りの地理には明るい。だろう?」
「我らに死地へ向かえと」
「大変な任務だとはさっき云った」
沈黙がおりた。ランベールはエドゥアルデを睨んでいる。エドゥアルデは甘えるような声を出した。「ランベール、ご褒美をやろうとも云ったぞ。お前のほしいものならなんでもやる」
ランベールは黙っている。エドゥアルデはもう勝ちを確信したようで、また、にっこりする。
「それとも、跪いて懇願しようか。僕はそれくらいできるぞ。聖女をとれば、大陸をとったと同じだ」
王太子に跪かせるなんて、不敬な真似はできない。ランベールは頭を垂れ、仰せのままに、と云った。
云うしかなかった。




