王都到着 2
入門の審査というのは、すぐに終わった。わたしののっている馬車のなかが調べられることはない。王家の馬車であるから、だろう。
エドゥアルデさまが戻り、馬車は再び動き出す。先程まで青かった空は、あっという間に紫になり、壁も同じ色になっている。もう少ししたら、夕食の時間だ。
エドゥアルデさまが云った。
「今潜ったのが、〈銅の門〉です。道程で云えば、〈鋼の門〉のほうが近かったのだが、王家の人間が王都へ戻った時は、栄誉の通りを進むのが普通なのでね」
エドゥアルデさまは、そういったしきたりやなにかを煩わしく感じているらしい。しかめ面はしていた。しかし不平をもらすことはない。
窓を開ける勇気はなく、わたしはじっとしている。暫くすると、馬車が向きを少しかえた。
「〈炎の広場〉へ這入ったようだ。宮廷はすぐそこです」
エドゥアルデさまがやる気のない声で云う。わたしは息を整えようとする。覚悟はできていない。なんにも。いつか宮廷へつれていかれると解っていたのに、なにも心構えなんてできていない。
視線を感じて、目を遣ると、斜向かいのランベールさんと目が合った。寸の間見詰め合う。それから、同時に目を逸らした。
なんとなく、さっきよりは落ち着いていた。なにか……困ったら、ランベールさんが助けてくれるかもしれない。そう思えた。それだけでいい。
わたしはランベールさんをとても信頼しているみたいだ。
馬車が停まった。
だが、そこで降りる訳ではなかった。扉が開いて、目視だけだけれど、なかが検められる。やったのは、白っぽい鎧を着て、オレンジ色のマントを羽織った兵だ。
ランベールさんをみとめると、兵は背筋を伸ばし、左手を胸にあてる仕種をした。これは、〈陽光の王国〉式の敬礼のようで、兵がやるのを見たことがある。
「ラクールレル隊長、お疲れさまです」
「ああ、デラジェ門衛隊隊長。城門のまもりは万全か?」
「無論です」
ランベールさんへ云って、門衛隊隊長はエドゥアルデさまへ体を向けた。左手を胸にあてたまま、ぐっと低く頭を下げる。
「どうぞ、お通りください、殿下」
ランベールさんが扉を閉めた。馬車が動く。エドゥアルデさまはにまにまして、ランベールさんをからかう。「お前の人気ぶりには、僕は嫉妬してしまうよ。兵は大概、まずお前へ挨拶する。僕は二の次だ」
「畏れおおいが故です」
「そうへりくだるな。兵には、お前は僕より人気があるし、僕はお前を堕落させた悪党だからね。嫌われもする」
「殿下」
「おや、否定するのか?」
ランベールさんはなにも云わず、王太子殿下を睨んだ。睨まれたほうは平然として、首を傾げる。
わたしは黙っていた。成る丈、気配も消していた。多分幾らかは息を停めていたと思う。こわかった。
「可愛いランベール」エドゥアルデさまがにっこりした。不自然なくらいの笑みだ。「僕は貴族に嫌われ、兵からはおそれられている。貴族らの軍を死地へ送るし、公爵の子だろうとその家の軍を指揮しているのならついていかせるからな。前途ある若者をそうやって殺してきた」
「作戦の性質から仕方のないことだった。それに、貴族である以上、有事には戦うべきだ。立場に伴う責任というものがある。なにより、憲章がそう定めている」
「お前らしいな。だが違う。まったく、理不尽なことだが、自分の子どもが助かるのならよその子どもは切り捨てるのが親らしい。そうなると僕に関しては理屈が合わないが、王家はなににつけ特別だから」
エドゥアルデさまは顔をわずかに横へ向け、ランベールさんへ流し目をくれる。
「僕が嫌われているのは僕が一番解っているさ。つまりお前も解っている筈だ。自分が兵らに好かれていることを。だから、賢いお前は、自分がまつりあげられないよう、僕に味方してくれている。だろう?」
ランベールさんは口を噤んだ。




