王都到着 1
予想に反して、雪は降らなかった。
四月十九日。夕方の、一番おなかがすいている頃、王都が見えてきた。
「漸くと、一息吐けそうだな」
エドゥアルデさまは伸びをして、わたしの後ろから窓の外を見た。「懐かしき我が王都。〈銅の門〉でさえか、常より耀いて見える」
わたしの目には、まるで山脈のような……あまりにも背の高い、頑丈そうな壁がうつっていた。
なにか、白っぽい素材でできている。おそらくは、磁器か、陶器だ。大理石にしてはまっしろすぎる。それは、あまりに白く、つるつるに磨かれ、清潔さを保っている為に、上空の雲が移動すると空を反射して青く見えた。
壁の上は冠のようにでこぼこしていて、ひとが立つスペースがあるのか、それらしい影がうろうろしていた。見張り台らしい建物――――同じ素材でできている――――もある。
その壁には、門があった。遠目でもはっきり門と解る、大きな門が。
〈銅の門〉、なのだろう。そういう色合いだ。ある程度開かれたそのまわりに、ひとが大勢居て、馬車や馬、テント、露店まである。簡単な、市場のような状態だ。その辺りは白っぽくないから、除雪をしているらしい。
わたしは首をひっこめ、窓を閉めた。なんだか、緊張している。王都に這入れば、宮廷へつれていかれるのだろう。いや、そもそも、宮廷へつれていかれていて、だから王都へ着いた。だめだ、混乱している。
なにが起こるのだろう?
結婚のことは、まだ心配しなくていい。きっと。そのように云っていた。阿竹くん達も、大丈夫だろう。……いや、もし、王さまが、わたしの条件を吞まなかったら……その場合、わたしはどうしたらいいのか、解らない。
「聖女さま、そのように怯えなくても、なんの心配も要りませんよ」
エドゥアルデさまの手が伸びてきて、わたしの顔の向きをかえる。
間近で目が合う。「王都の民はあなたを受け容れ、歓迎します。勿論、貴族も、そして、官吏や、学者や、王族も。そして、父上も、あなたを喜んで迎えますとも」
ランベールさんが咳払いする。
「殿下、入門の審査があります。門衛どもを労いに行っては?」
「ああ、それはいいな。では、停まったら一旦降りる。勿論お前は来なくていいぞ。聖女さまをきちんとまもっているよう」
がたんと馬車が停まる。エドゥアルデさまは立ってランベールさんの前へ行き、にんまり笑った。ランベールさんの頭を軽く撫でて、子どもをあやすような声を出す。
「可愛いランベール、お前を窮地に送り込むつもりはない。下らぬそねみで命を落としたくはないものな。大人しくしていなさい」
エドゥアルデさまはにまにましたまま、馬車を降りた。ランベールさんは無表情で、自分の膝を見ている。
「あの」
エドゥアルデさまのあしおとが聴こえなくなって、わたしはランベールさんへ声をかけた。
ランベールさんは、ぼんやりした目でこちらを見る。「なんでしょうか」
「ナタナエールさんが……昨夜、いつもの、お茶をくれて」
どうにも、言葉が巧く出ない。わたしは口下手なのだ。
ランベールさんはいつの間にか、微笑んでいる。
「よく眠れましたか?」
「はい」
わたしは頷く。誇らしげな言葉が返ってきた。
「ナタナエールは飲みものをつくるのが得手です。同じ魔法文字をつかっても、口にできぬようなものしかつくれぬ者は居ますから」
「はい……でも、比率を計算したのは、ランベールさんなんですよね。いつも、ありがとうございます」
ランベールさんは一瞬、面喰らったような表情になったが、すぐにとり繕った。ふいと顔を逸らす。
「気になさらず」
わたしは、その反応が可愛くて、笑顔になってしまった。




