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月のこと


 翌日は、もっと雪が積もっていた。

 わたしは、中腰になって馬車の窓を少し開け、外の様子をうかがった。やわらかい絹の五本指手袋に、絹のミトンを重ねている。

 お肉でアレルギーを起こすことは、ランベールさんが宮廷魔導士へ伝えたそうで、今朝、衣裳箱の中身が大幅にかわっていた。宮廷魔導士にはアレルギーに関する知識が少しあるみたいで、そういう体質のひとは、革でも発作を起こすことがあるのだそうだ。酷くかぶれたり、爛れたりするとかなんとか。

 絹のマントの襟を掻き合わせた。かいこは、昔、佃煮を食べたことがあるから、大丈夫だと思う。


 外は、銀世界だ。なにもかもが雪で覆われ、きらきらと光っている。それが霧にかすんで、光の反射が和らぎ、パステル画みたいにふんわりした雰囲気だった。

 今は、霧は出ているが、雪はやんでいる。遠くもよく見えた。点々と、代赭色の屋根らしきものが見えるが、飛ぶように消えていく。馬車の速度は思っていたよりもずっとはやかった。

 ふと、妙なことに気付く。雪を被った木は、青々と葉を茂らせていた。枇杷とか椎なら、おかしくはないのだろうけれど……あれはどうも、くぬぎに見える。くぬぎは、冬には葉が落ちているのじゃなかったかしら。


「聖女さま」

 びくっとした。「寒さで鼻が落ちてしまいそうですよ。窓を閉めて戴けますか?」

 窓を閉め、腰を下ろす。膝の上に両手を置いた。

 もこもこした白い毛皮のマントを、体に巻きつけるようにして、エドゥアルデさまはにこっとする。

「雪がめずらしいですか」

 小さく頭を振った。景色が綺麗で、見蕩れていた。

「僕は冬が嫌いだな」エドゥアルデさまは、両手にはあっと息を吹きかける。うすい絹の手袋だけで、手が冷たそうだ。「季節は秋だけでいい。食糧がとれるし、寒くも暑くもない。それにしても、このところ秋が少ないな、ランベール」

 ランベールさんは、ええ、と返し、数秒口を噤む。

「この十年で、秋は八回。(たし)かに少ないようです」

「エヴェ新王時代は年に二回も秋が来たと云うぞ。まったく忌々しい」

 エドゥアルデさまはぶるっとして、脚を組んで背凭れへ身を預ける。

 秋が二回……というのは、どういう意味だろう。解らないが、訊くタイミングがない。季節の巡りは、もとの世界くらいの速度なのかしら。だとしたら、年の初めに秋が来て、終わり頃にもう一度来ると云うことはあり得る。


 途中、トイレ休憩をはさんで馬車は走り続け、日が暮れてから停まった。

 馬車を降りた時、わたしとエドゥアルデさまは全方位を複数の兵に囲まれた。いつもより厳重な警備だ。そのまま、歩いて行く。

 どうも、街のなからしかった。しかし、兵達が十重二十重になっている為、景色も見えなければどこへ進んでいるのかも解らない。

 結局、よく解らないままに這入った建物は、ロウセット邸や王家の別邸より格段に小さく、質素な造りだった。

 兵達が隊列を解き、大多数が来た道を戻る。おそらく、阿竹くん達をつれてくるのだろう。

 髪を綺麗に撫でつけ、あたたかそうな毛織りのチュニックを来た男性がそこの主人で、この街の首長だそう。凄く人当たりのいいおじさんだった。

 エドゥアルデさまはそのひとと話があるそうで、わたしは部屋へ追いやられた。阿竹くん達との接触を防ぐ目的でもあるだろうから、わたしは素直に部屋へ行った。

 部屋には、簡単なベッドと、机、椅子があるだけ。窓は木の戸がついていて、がらすははまっていない。天井も低い。ツェレスタンさんと、すっかり元気になったマーリスさんにそこへ送ってもらったわたしは、窓を開ける。

 見間違いではなかった。ここまで来る途中、ちらっと見えた月。確認したら、やっぱり満月だ。初めて見た時からだいぶっているが、その間、多分大きさがかわっていない。

 異世界だなとあらためて思った。


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