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玄関広間はあたたかかった。どこからか、ぱちぱちと、なにかが燃える音がする。暖炉があって、火を焚いているのだろう。
マントを脱いで、位の高そうな使用人――――ひとりだけ、腕章をつけている――――へ渡しながら、エドゥアルデさまが云う。
「天気は?」
「もう暫くしたら、雪になりそうです。明けがたにはやむかと」
エドゥアルデさまは頷いて、使用人のさしだしたものをうけとる。折りたたまれた分厚い紙だ。王太子殿下はそれを開き、さっと目を通して、使用人へ返した。「聖女さま、食事にしましょう。ランベールだけついてこい。残りは食堂に近寄らぬよう」
云って、返事も聴かずにすたすたと歩いて行く。マントを若い使用人に半ばはぎとられたわたしと、マントをぬがないランベールさんも続いた。
食堂の暖炉には火がはいっていた。
すでに、食卓は整えられ、ありがたいことにわたしの食べられそうなものが並んでいる。エドゥアルデさまに促されるまま座った。ランベールさんと向かい合う格好になる。
エドゥアルデさまの音頭でお祈りが始まり、終わる。使用人達が、マグにあたたかい飲みものを注いだ。わたしのは、ラベンダーの香りがするハーブティーだ。わたしはラベンダーが苦手である。手はつけない。
エドゥアルデさまとランベールさんは、オレンジの輪切りが数枚ういた、お酒を吞んだ。シナモンの香りがする。
「食べながら聴いてもらいたい」
エドゥアルデさまは自身もとりのローストを解体しながら、淡々と云う。「父上からの手紙が来ていた」
「陛下から?」
「ああ」エドゥアルデさまはこちらへ目を向けて、にやっとした。「まったく我慢のならないことに、僕の父は国王なんて位に就いているのですよ、聖女さま」
「殿下」
「冗談だ。この程度にめくじらたてる父上ではない」
エドゥアルデさまはそう云って、とりのローストを口へ運ぶ。ランベールさんは口を噤み、人参のグラッセをフォークで突き刺した。
マグをからにし、使用人に二杯目を注がせてから、エドゥアルデさまは喋る。
「これはまったく、僕の意思ではない。それを強調しておきます。前にも云ったが、僕は女というものを信用している。城に、玉貨に、宮廷魔導士。僕が聖女でもそれ以上のものは望まない。だが、父上は僕のように、女性心理にくわしくはないようだ。もしくは、相当に心配性かだな」
エドゥアルデさまが軽く国王をけなしても、ランベールさんはもうなにも云わなかった。
「聖女さまをとったことは、早馬で宮廷へ報せました。父上はかなり喜ばれて、化けものをなんとかする為にさっさとつれてこいと仰せだ。自分達がさらった以上、他国との戦に出すのはいやなようでね……またさらわれてはことだ」
ランベールさんが不快げに眉根を寄せる。今までのわたしに対する態度や、言動を見るに、ランベールさんは本当はこんなことをしたくなかったのでは、と思う。
エドゥアルデさまはマグを両手で持ち、ふっと息をかけて中身をさます。
「父上はまったく、この手のことにかけてだけは抜かりない。聖女さまは従者をおつれでしょう」
従者ではない。わたしはじっと、エドゥアルデさまを見ている。エドゥアルデさまは溜め息を吐く。「あなたが認めてくれれば、僕も不愉快な言葉を口にしなくてすんだのですが。あなたが我が国の為に尽力くださらないとなれば、彼らの命はない、と。父上からです」




