叱られる
わたしがもと居た世界に空白が存在しないことを知っているランベールさんは、わたしに無駄にはげますようなことは云わない。ランベールさんはまったく実際的なひとだから、空白がもう終わると宥めたところで、本当に終わりはしないのだから意味がないと考えているみたい。
それとも単に、わたしと必要以上に会話したくないのだろうか。
わたしは微笑み、お茶をすすった。
「そうですよね。空白が終わったら、マルゲリッテちゃんとも、クライルくんとも、お別れなんですよね」
自分でも思いがけず、淋しそうな声が出た。実際、淋しい。でも、それをあらわすつもりはなかったのに、あんな言葉があんな調子で口をついて出た。
マルゲリッテちゃんの表情が曇った。クライルくんは、ケーキをもごもご咀嚼するのに忙しく、わたしの言葉なんて聴いていない。可愛い仕種に、和む。
「あの。聖女さま、わたしがどうやったら、聖女さまをまもる兵になれるか、かならずおしえてくださいね。やくそく、です」
「ええ」
「そうしたらすぐに、わたし、聖女さまのところへいきます。だから、だいじょうぶです」
マルゲリッテちゃんはそう云ってから、慌てたみたいに付け加えた。「もちろん、剣聖さまや、聖女ごえいたいのひとたちが、今もいますけど。でも、わたしも力をかします」
ありがとう、と返す。彼女の心遣いが、それだけで嬉しかった。
クライルくんがケーキを掴み、かじる。
「クライル」
「マルゲリッテ」
まだ夜だからか、ほかに理由があるのか、やってきたのはマデロンさんとデライ夫人だった。よなかに聖女の「部屋」を男性が訪れるというのは、外聞が悪い気がする。クライルくんは子どもだから、問題ないとランベールさんが判断したのだろう。
考えすぎかな。
外の従僕や兵と、こちらの侍従とランベールさんの、長ったらしいやりとりがあり、ようやくと這入ってきたふたりは、それぞれ自分の子どもを見て名前を呼んだ。マデロンさんは寝間着に化粧着だが、デライ夫人はきちんときがえ、髪も整えている。ゆるくあんだみつあみに、ところどころ装飾的にヘアピンが挿してあった。
クライルくんがケーキをのみこんで、マデロンさんを見た。「お母さま」
「クライル、手洗いに行くと云ってあなたが居なくなったと、女中達が泣いていたわ」
マデロンさんが眉をひそめ、潤んだ目で云うと、クライルくんはきょとんとした。それから、肩をすくめる。「ごめんなさい」
「嘘を吐かないと、約束でしょう。忘れたの」
「うそじゃないです」クライルくんはもぐもぐと釈明する。「あのときはほんとうに、おてあらいに行きました。でも、かえりみちでマルゲリッテちゃんとあって、それで」
「マルゲリッテちゃんの所為にするのじゃありません」
クライルくんはがっくり、項垂れてしまった。マルゲリッテちゃんがそれを見て、必死な調子で訴える。「あの、ほんとうなんです、クライルくんのお母さま。わたし、聖女さまにおはなししたいことがあって、でもひとりだとこわいので、クライルくんもきてくれたらいいなっておもって……そうしたら、クライルくんとたまたまあえたから、つい、いっしょに聖女さまのところへいってほしいってたのんでしまって」




