御者の話
椅子に腰掛けると、侍従がわたしの髪を梳きはじめた。こうやってもらうのにも、いくらか慣れた。侍従達は恢復魔法をつかえるので、髪を恢復しながら梳くのだ。
こちらの世界では、上流階級のひとはそうしてもらうのが普通みたいで、ツァルレスさんがそんなようなことを云っていた。わたしが髪を自分で梳いていたので、自分達が嫌われているのかと思っていたらしい。
まったく違う文化だと感じたけれど、もとの世界でも上流階級なら、お手伝いさんや乳母なんかに髪を整えてもらうことはあるのかもしれない。文化の違いというよりは単純に、わたしがそういうことに慣れていなかっただけだ。
侍従はわたしの髪をつやつやにしてくれた。あみこみがつくられ、飾りがさしこまれる。今日も、ドレスの選択権はないようだ。
そうそう、御者は、恢復魔法をつかえるひとしかなれないそうだ。空白が迫ってきた時に、アルバンさんが、自分が御者をして逃げるというようなことを云っていたけれど、侍従達が恢復魔法をつかえるかららしい。
こちらの世界の御者は、馬を操る技術だけではなく、馬を快復することも求められるのだ。馬を走らせながら、恢復をかけているから、普通ならありえないようなはやさで目的地へ到着できる。だから多分、この街は、わたしが考えているよりも王都から遠い。きっとラグイエール湿地もそうだ。
そんなことだって常識だから、誰もわたしに教えてくれない。
「今からですか? お茶会は」
「はい、あめのさま。レイナル執政官が、今日はあめのさまがお好みになるおやつを揃えたと、伝えてきました」
頷く。わたしの感覚だと、もうひと月以上ここに居る。好みくらいは把握されていて当然だろう。正確には、好みのものと云うよりも、飲食可能なもの、なのだが。
別の侍従が、草色のドレスを運びこんできた。くつもだ。わたしは補助してもらいながら、それを着た。脇腹のところに細いリボンが通してあって、ぎゅっと絞って結ぶことで固定する型だ。上半身のラインが割合とはっきりするので、あまり好きではない。
姿見はないので、自分がどんな格好なのかを確認する術はなかった。そういえば、鏡はほとんど見かけない。宮廷の廊下にあった気がするけれど……宗教的な理由かな。光の神さまを信仰している国だし、鏡があってもおかしくないと思うのだが、異世界の常識は計り知れない。
ドレスの裾はひきずる丈だ。袖は二重になっていて、内側のものはぴったりとしていて手の甲まで覆うもの、外側のものはふんわりひろがり、スリットがはいっていて、腕を上げるとだらんとさがる。
草色に合わせたのか、くつはくすんだ金色だった。どうせ、見えやしないのだけれど。
頭には、やたらきらきらしたヘッドドレスを被せられた。なにでできているのかは考えたくもないが、おそらく宝石と金だ。左右にドレスと同色のリボンがついていて、侍従は器用にそれをわたしの髪にあみこんでいる。
両手の中指に、五貨の指環。両手首に金の腕環。首には金のネックレス。華美すぎると思うのだけれど、そうではないみたいで、侍従達は満足そうだった。




