慈悲深き聖女
私兵は、わたしの血で塗れた剣から手がすっぽ抜け、そのまま後ろへよろけて倒れる。その場へ伸びて、動かない。
わたしは斧を抱え直す。近場のひとを殴るくらいの時間なら、斧は片手でも持てる。
逃げる間を与えずにすばやく繰り出したかったので、一旦腕をひくのは無理だったし、威力はたいしたものじゃない。純粋に身体強化だけの拳なので、死んではいないだろう。
ただ、わたしはあのひと達に私怨があるからな。力がはいりすぎたかもしれない。
あまり考えもせずに、伸びた私兵に恢復を飛ばした。といっても、ほんの少ししか恢復しないようにしてある。サシャ卿の私兵に割く魔力は多くしたくない。わたしは仏ではないのだ。サシャ卿とその一派の態度には、腹に据えかねるものがある。要するに、嫌い。
でも、私兵が死んでしまって、抗議されたり難癖をつけられるのも面倒だし、わたしに遠慮なくかかってくるのは鍛錬相手としてありがたい。なので、情け深くも恢復してあげた。
保身。
剣をぬきながら恢復した。痛いが、恢復しさえすれば痛みはひく。ただ、だいぶ出血したので、貧血になりそうだ。
血は、ティエレとミングレイのどちらだろう。
命の維持に不可欠なものだし、と考えて、ミングレイを選んだ。「ミングレイ・ビイ・デン」
血をつくれと云ったつもりだ。それが実際、巧くいったかどうか、解らない。魔力が減ったので、なんらかの効果はあらわれていると思う。
ツェレスタンさんが気を失い、私兵もぐーでやられたのを見て、残りの兵の士気は著しく下がっていた。及び腰で、わたしにかかってこようとしない。士気ってほんとに重要なんだ。
「あのう」
口許を拭いながら四辺を見る。わたしの発声にびくつくひとが多い。そんなにこわがらなくてもいいじゃない。
「戦いません?」
にっこりしてみせた。半数の兵が壁にせなかがつくまで後退った。
どうにも皆さん戦う気力がないようなので、わたしは跳躍して、壁の向こうへそのまま落ちた。「ごきげんよう」
蛙の鳴き声みたいな悲鳴があがる。第十二師団のひと達だ。わたしは盾兵がしっかり支える盾を蹴りつける。刃を下にして斧を床に刺し、支えにつかうという横着なことをして、両足でリズミカルに蹴りを加えると、盾兵は呆気なく倒れる。恢復をして、斧を床からぬき、短めの片手剣で斬りかかってきた弓兵に対応した。斧の柄で攻撃をうける。
いまいち力のはいっていない、ゆるめの攻撃なので、タイミングを巧くとれない。普段は弓で戦っているひとなのだ。多分、それでも剣の鍛錬はするのだろうけれど、実践経験が少なかったらこんなものなのだろう。
しかし、普段ランベールさんやナタナエールさんのような、剣で戦い慣れているひと達――――剣聖含む――――を相手に鍛錬しているわたしには、非常に戦いづらい。動きはゆるいし、妙なところに打ち込んでくるので、対処に時間がかかる。カウンター攻撃を繰り出せない。
仕方がないので、斧の柄と剣をくっつけた。剣をひこうとしていた弓兵は、剣が斧の柄にくっついているのに気付かなかったので、手がつるっと柄からはなれ、もの凄い勢いで後ろに倒れた。




