逡巡
半分も行かずに、使用人と兵達が向こうから駈けてくる。アムブロイスさんが居たから、マーリスさんを運んで、ほかの兵達と一緒に戻ってきたみたい。
使用人は手回しがよく、椅子にたらいにタオルと、わたしの泥だらけのあしをなんとかする道具を持ってきていた。ありがたくあしを洗い、コランタインさんが持ってきてくれたくつをはく。
自分に恢復魔法をかけて、兵と使用人に囲まれ、お邸まで歩いた。雨がやんだようだ。風もない。深呼吸を繰り返すが、体のだるさがある程度以上軽減されない。〈器〉が大きいから、いっぱいになるのに時間がかかるのかしら。でも、〈器〉の大小に限らず、同じ速度で恢復するみたいに云っていなかったっけ、ランベールさん。
実際のところ、使用人達はわたしに怯えていた。
いつなにを云いつけられるか解らないと思っているようで、兵越しにわたしのほうをうかがっている。服はぼろぼろで、髪はぼさぼさで、さぞ、おそろしそうに見えるだろう。
玄関前で立ち停まった。
ぼんやり、お邸を見上げる。昨夜、くらいなかで見た時は、三階建てかな、と思った。でも、二階建てだ。天井が高い、と云うこと。
リエヴィラに着いた時は、景色を見ている余裕はなかった。それに、ここに辿りついたのは夜で、よく見えていなかった。だから、この世界の建築物は、今初めて、ちゃんと見た。
こうしてしっかり眺めてみると、灰色の建材と、縦横無尽にお邸を覆ったつたが、本当に……異世界なのだな、と、感じさせる。もとの世界の建築となにか、雰囲気が違う気がするのだ。
ぼーっとしていたら、阿竹くん達のことを思い出した。王太子殿下の云っていたことが本当なら、彼らもここに居る。
四人のうちふたりは恢復魔法をつかえ、残りのふたりは化けものを追い払うくらいならできる。
今なら逃げられるかも。
「あめのさま?」
はっとして右を見た。コランタインさんが不安そうにしている。「お加減がよくないので?」
ぎこちない動きで頭を振った。いや、だめだ。できない。阿竹くん達の正確な所在が解らないし、ランベールさんが居ないだけでアムブロイスさんやコランタインさんが居る。王室護衛隊、王太子護衛隊、ロウセット家の兵。数は多い。逃げようとしてもすぐに制圧されるだろう。
仮に追っ手から逃れられたとして、この世界のことはまるで解らない。常識もないし、お金もない。どうやって生きていけるというのだろう。第一、モンスターがうろついているのだ。阿竹くん達を危険にさらせない。それにわたしは疲れていて、とてもじゃないが今は正常な判断を下せない。
屋内へ這入った。だが、阿竹くん達のことがひっかかっている。階段をのぼりながら、アムブロイスさんへ云った。
「あの……」
「なんでしょう、あめのさま」
「……ともだちが、心配なんです」
友達、を巧く云えない、わたしは目を逸らす。「元気なんですか」
「心配ありません。きちんと食事も用意していますし、必要なものがあれば云うようにと伝えています」
アムブロイスさんの声はかたく、突き放すような調子だった。わたしは首をすくめる。なんだろう。どうして、機嫌が悪くなったのかしら。わたしは、機嫌の悪そうなひとが苦手だ。




