ジャンプ
王領警備部隊の兵に関しては、そこまで強烈な疑念ではないけれど……サシャ卿の私兵はまったくもって信用ならないし、なんなら疑っている。
当人達の意思か、サシャ卿の命かはともかく、わたしに怪我をさせるつもりかもしれない。考えられないことではないだろう。わたしは聖女としてのさばっているから、サシャ卿はそれが不愉快だろうし。
だから、近寄る義理はない。煮立った湯にみずから手をさしいれるような、愚かな真似はしない。
あんまり目障りなら、排除すればいいだけの話だ。帰れと云えば、彼らは帰るだろう。表だって対立するのが目的ではないのだし、私兵が聖女にたてついたとなれば、サシャ卿の立場がまたまずくなる。
別に力ずくで帰らせてさしあげてもかまわないのだけれど。
兵達は、わたしと違い、きちんと走りこみをしている。今朝がた、わたしに付き合って走らされた兵達も、姿があった。午前中だけでこんなに走らされて、相当疲れているだろう。妙な聖女の護衛につかされて、災難なことだ。
身体強化をつかえるかつかえないかの差だと思うのだけれど、トップ集団はずっとトップを維持しているし、最後尾もかわらない。
おそらくトップ集団は、身体強化に加えて、恢復もつかえるのじゃないかな。それに多分、〈器〉が大きい。でないと、ずっと身体強化を維持するのは難しかろう。
最後尾はそれとは反対に、身体強化も恢復もつかえないひと達。中盤は、それなりに順位の変動がある。身体強化か恢復、どちらかをつかえるひと達……ということだろうな。
魔法の使用がゆるされているのだから、つかわない理屈はない。彼らは戦う為に鍛錬しているのだ。実際の戦場で、玉貨が足りないとか補給部隊が居ないとか、そういった諸々の理由で魔法を制限して戦うことはあれど、まったく魔法なしで戦う人間も居まい。そんなの、武器を持っているのに、それをつかわずに素手で戦うようなものだ。魔力は放っておいても恢復するのだし。
わたしは早々に、十五周を終えていた。走りこみというか、二段ジャンプの練習だったから、一周するのに時間がまったくかからないのだ。体重を本来の十分の一くらいにまで軽くしていたのも影響したと思う。二段ジャンプは習得した。
寧ろ、二段でもない。あしは一度も地面につかなかった。百五十段くらいジャンプ。
スタート地点に舞い戻り――――跳び戻り?――――、わたしは暫くぶりに床を踏んだ。おそるおそるといった顔で待ち構えている、侍従、医者、恢復魔法をつかえる従者などに、云う。
「お水をもらえます?」
恢復魔法で、頬や耳が切れるのは治していたが、水分補給の余裕はなかったのだ。だから、咽がとても渇いている。
侍従がすぐに、やわらかくておいしい水を、ゴブレットにいっぱいくれる。凄くおいしい。
魔力が大きく失われた感じはしない。空白だからだろう。〈器〉に魔力が充填される速度がはやいのだ。呼吸でとりこんでいる、のだろうな。今の時期なら意識せずにそれが可能になる。
わたしはもう一杯、水を飲んで、軽く柔軟体操をした。




