聖女は有能
聖女護衛隊から、複数、残念げな声が上がった。彼らは、いつもわたしの鍛錬に付き合わされているから、わたしと同じ組にはならない。それを、残念だととらえてくれるひとが、何人も居るらしい。まったく信じがたいけれど。
わたしは聖女護衛隊へ顔を向け、微笑んで頷いた。今回は我慢してね、とでも云うように。いいのだ、これで。
兵達から不満は出なかったし、抗議もない。だから、組み分けはそれで終わった。煩わしいことが少なくて助かる。
「ここを出発地点として、右まわりに走る」ランベールさんは再び、よく通る声で指示を出す。「各自、魔法の使用は許可するが、おのれの力量もはかれず魔力の枯渇を起こすような無能は要らない。もっとも、空白期間中に魔力の枯渇を起こす者が居るとも思わないが、とにかく無茶をせぬよう。お前達に無用に割く玉貨はない」
はい隊長、と、聖女護衛隊だけ、律儀に返事をした。
「十周走りきった者は、余裕があればもう五周走れ。気分が悪くなったり、怪我をしたら、すぐに離脱すること。これは命令だ。違反すれば処分をくだす」
ランベールさんはそこまで云って、一旦言葉を切る。「……恢復魔法の遣い手を集めているから、治療をうけて、走れると判断したら、戻れ。なにか質問のある者は?」
誰もなにも云わない。わたしも黙っている。
ランベールさんは仏頂面だ。「では、はじめ」
隊列を組んで行軍する練習、という訳ではない。単に、兵それぞれの脚力を鍛える為の、文字通りの鍛錬だ。だから皆、ランベールさんの合図で一斉に走り出した。
わたしは身体強化を強くかけ、体重を軽くし、角度をつけて宙へ飛び出す。巣箱から放たれる伝書鳩を連想した。いや、生きものではない。鏑矢あたりが妥当か。
さて、空中に足場をつくれたら、いちいち接地しなくてもいいんだけれど……反発を生じさせるのが、簡易足場と云うところかな。
「ティエレ・メスト・ルシャ・アン・セイヴ・メスト・ミィト」
肉体・と・土・の・空間・に・跳ね返す。
体と地面の間に反発を起こせ、だ。意訳すると。
走りこみと云えるかはビミョーだが、わたしは床や壁と、自分との間に反発を生じさせながら、接地せずにジャンプを繰り返した。反発具合のコントロールが難しいが、それでも充分足場として機能している。ついでに、魔力の消費はさほどではない。空白だからと云うのもあるだろうが、わたしはこれらの魔法文字を扱うのに長けているようだ。
これは、いい手だ。所謂「二段ジャンプ」ができる。一度ジャンプして高さが足りなかったり、ジャンプした先で攻撃をくらいそうになったら、こうやって逃げればいい。怪我の功名とでも云うかな。いい手を思い付いた。
今はできないけれど、実際の戦いの場だったら、魔物や敵兵との間に反発を生じさせればいい。人間だって足場にできる。直に蹴りつける程近寄るのは危険があるが、目標として指定して、間に反発を生じさせるのなら、なんの問題もない。近寄らないのだから。
二段ジャンプまでして、接地したくないのは、理由がある。
普通に走りこみをして、無用な傷を負いたくない。わたしはサシャ卿の私兵を信用していないし、申し訳ないが王領警備部隊に関しても、手放しで信じることはできていない。




