サシャ卿のこと
それが嬉しいような、哀しいような、変な気分だった。ランベールさんは、殿下に命ぜられて任務をこなしているのだろう。
どうしてそういうことを考えるのかな。
別に誰の命令でランベールさんが動いたってどうでもいい。
わたしとランベールさんは、聖女と聖女護衛隊隊長、という関係だ。もしくは、見張られる者と見張る者。それだけ。
ああいや、同盟関係のようなものではあるかな。ランベールさんは約束してくれた。煩わしいことは成る丈ないように心を砕くと。阿竹くん達を絶対に傷付けさせないと。
だからわたしだって約束を守る。ランベールさんがどんな気持ちだとか、誰に命令されているとか、そんなよしなしごとは考えない。
上体を起こした。右手を布団のなかから出して、魔法文字を小さく呟く。「クワ・ルオ・パーズ・メット」
イメージしているような、やわらかくて小さな光があらわれた。ランベールさんが目を細める。わたしはお得意の、どうでもいいことを云う。
「こんばんは」
「……こんばんは」
律儀な返事があった。わたしはちょっと笑い、すぐにそれをひっこめる。それから、光を宙に放つ。火の玉だとどうしても熱いイメージを持ってしまうけれど、光の玉だとそんなことはない。
多分、電灯のイメージなのだ。白熱灯は熱くなるけれど、それって普通、あまり意識しないと思う。魔法はイメージが必要、だもの。イメージって、その場で一から十まで考える訳じゃないだろう。それまでの経験がどうしても影響する。
光はふわふわういていって、わたしが立った時の目の高さくらいで停まった。手をおろす。「お疲れさまです」
「……は?」
「こんな遅くまで、お仕事、ですもんね。ありがとうございます」
ランベールさんはわたしを見張っているけれど、それは警護しているということでもある。だから、お礼を云った。
よくよく考えれば、今までこうやって、警護のお礼を云ったことは、なかったかもしれない。わたしは薄情な人間なのだ。
ランベールさんは険しい表情になった。わたしは首を傾げる。
「いや、たいしたことではない。礼など、無用だ」
「……はあ。あの。サシャ卿、どうなったんですか?」
ランベールさんは尚更険しい表情になった。唸るような声を出す。
「きちんと注意していてもああいった不手際が起こることもまた、事実だ。聖女にゆかりがあるからなどと、ばらを選んだのは迂闊だったが、理由が理由。必要以上には責められぬ。充分反省しているようだったし、詫びとして、手持ちの玉貨の半分、空白があけたら敷地の地下に埋蔵してある分すべてさしだすと誓ったので、とりあえずは解決ということになった」
手持ちを半分って、だいぶ多いのではないかしら。それに、敷地の地下に……って。
尋ねようと口を開くわたしに、ランベールさんは云う。
「空白で家が壊されるのは、貴賎貧富問わず起こりうること。財産に余裕があれば、余剰分を敷地の地下に埋蔵しておくのは、この国ではめずらしくない行動だ。いや、余裕がなくとも、空白に備えて行う。正確には、空白後に備えて」
成程。お金であり、〈雫〉に兌換できる=魔力になる、つまりそのまま食糧の許になる玉貨を、備蓄しておくということだ。合理的である。
21/04/16から、21/04/21まで、休載します。
再開は21/04/22です。




