ゆかりのあるもの
「ああ、なんということだ」
サシャ卿が花束を拾い上げながらわたしの手を見る。「聖女さまの手に棘が……きちんと棘をとりのぞかなかったのか?」
従僕が首をすくめる。これはサシャ卿の指示か、アクシデントか、従僕や女中が勝手にやったのか、どれだろう。
ランベールさんが本を放り捨ててやってきた。マルゲリッテちゃんがまっさおになっているのが見えた。レイナル執政官とマデロンさんの表情は、恐怖に歪んでいる。聖女というのは、おそれられるものなのだ。
わたしはランベールさんが魔法を……恢復魔法をつかおうとするのを、手で制す。「大丈夫です」
「聖女さま」
「自分でなんとかしますから」一瞬考える。「ミングレイ・ビイ・ミィ、ティエレ・ビイ・タァム」
棘・を・とりのぞく、体・を・修復。
棘がぬけおち、傷は消えた。すでに流れた血はどうしようもないので、侍従に手巾を催促した。侍従はさっと、綿の手巾をくれる。
魔法で水を出して手巾を少し濡らし、手を拭った。なんだか傷痕が汚い気がする。毒があったのかもしれない。なので、解毒をし、もう一度恢復する。
掌が綺麗になったので、わたしは満足して頷いた。魔法は便利だ。
サシャ卿が険しい顔になっているのはどうしてだろう。
「聖女さま」
「もう大丈夫です」
ランベールさんに笑みかけた。手を振ってみせる。
「茎を強く握ってしまったから……サシャ卿みたいに軽く持てばよかったんですよね」
花束を拾い上げようと軽く腰を屈めると、ランベールさんが先に拾い上げた。「このような不手際はあってはならぬ。サシャ卿」
サシャ卿は目をぱちぱちさせている。凄く戸惑っているようだし、本当にアクシデントだったのじゃないかしら。だとしたら、サシャ卿やその配下を責めるのは可哀相だ。
傷は治ったのだもの。
ランベールさんはしかし、怒りがおさまらないみたいで、なんと花束をサシャ卿へ投げつけた。大丈夫ですからなかったことにしましょう、とでも仲裁にはいろうとしていたわたしは、かたまる。
ランベールさんからサシャ卿へ向けて、花束の軌道上に花が数輪落ちている。麻紐からぬけて完全にばらばらになってしまった。幾つかの花は、萼のところから落ちてしまっている。可哀相に。
サシャ卿が数歩さがり、奥さんにぶつかった。ランベールさんは足許のかすみ草を踏みつける。じゅうたんにしみができるだろうなと思う。
ランベールさんはサシャ卿を、しっかりと睨んでいた。
「くじびきなのだ。誰がどれをひきあてるかは予想できぬ。聖女さまがひきあてるかもしれぬのに、棘のある花を用いるなど、迂闊ではすまされない失態だ」
「そ」サシャ卿は寸の間黙る。「それは、……申し訳ありません、云い訳のしようもございません。しかし、ばらは美しいものですし、聖女さまにゆかりのある花です。聖女さまがいらっしゃるのだから相応かと。アガティエ女王時代、エリナさまがおつくりになった……」
「由来などどうでもいい。聖女さまに傷を付けるような真似をしたのだぞ。それとも、聖女さまならばすぐに治療できるから、怪我をするようなものを渡してもいいと思ったのか?」
「そのようなことはありません」




