談笑
予想外に公主殿下の名前が出たのか、目をきょときょとさせるサシャ卿に対し、レイナル執政官は何故か不安げだ。そういえば昨日も、公主殿下の話題が出ると、落ち着きがなくなっていた。
ランベールさんは、ふんと鼻で笑う。
「戦場に居たのでくわしい経緯は知らぬ。ただ、公主殿下に献上した品になにか不具合があり、公主殿下の侍女らが直々に抗議したとか。店先で怒鳴るのだから、内密になどできる訳もない。ガシュファードは公主殿下に無礼を働いた商会として名が高くなり、王都を抜け出した。それだけのこと」
うーん。王家の威光って凄いんだな。機嫌を損ねたと周囲にしれたら、王都に居られなくなる程なのだから。
なんだか可哀相な話だ。まったく関わりのないひとだが、思わず同情してしまう。
サシャ卿はその商会のひとと仲が好かったのかもしれない。あからさまにしょんぼりと、眉を下げたから。
「はあ……ガシュファードはよい塩問屋でしたが……まあ、不手際というのは、誰にでもあろうこと」
「そうだとも」ランベールさんは皮肉っぽい。「まったくもって。公主殿下といえども、そこまで気がまわらなかったのだろう。侍女を遣ることで、商会の面目を潰すようなことになるとは」
レイナル執政官が軽く息をのむ。サシャ卿は眉根を寄せる。
「そのような仰言りようは……公主殿下はご存じないのでしょう。侍女らが気をきかせてやったことでは?」
「なれば、侍女らを巧く制禦できていないということ。どちらにせよ手落ちなのはかわりない」
ランベールさんはそう切って捨て、唇にあてたゴブレットをくいと傾ける。あまり、気にいる味ではなかったのか、表情がくもった。強めのお酒だったのかな。
サシャ卿はなにか云いたそうだが、黙っている。レイナル執政官の微笑みが凍りついていた。
わたし? 黙っているだけ。この情況でなにを云えるというのかしら。
よく解らないタイミングでサシャ卿の奥さんと、マデロンさんが合流した。クライルくんとマルゲリッテちゃんは、女中達に囲まれるようにして、ケーキやお菓子を食べている。ここに逃げ込んだ子どもは少ないみたいだし、そもそもあのふたりは知り合いだったんだろう。仲が好い。友達と一緒に避難できたことは、ふたりにとっては幸運だったに違いない。
ふた組の夫婦とランベールさんとでお喋りが展開するが、わたしは置物になっているだけだ。やはり、王都の話や、どこの領のなにがおいしいとか、なにがほしいとか、そういう話だ。解らないものは解らないので、無駄に口をはさんではじをかくこともない。だから、黙っている。
それにしても、皆さん背が高い。頭上で会話が行われている感じだ。これくらいの身長が標準なのかしら。
ランベールさんが従僕にゴブレットを返し、わたしの腕をひっぱって位置を調整した。サシャ卿の奥さんに近すぎると判断されたらしい。ランベールさんはいつにも増して不機嫌そうだ。
「聖女さま、いかがでしょう」
サシャ卿に訊かれたが、ぼーっとしていてなにも聴こえていなかった。わたしは微笑んで小首を傾げる。これ以上印象が悪くなりようはないのだから、多少不遜に見えたって問題ない。
ランベールさんが云う。
「聖女さまは酒を好まぬ」
「おや、そうなのですか」




