不可解なランベール
なんだろう。ほっとしたような、どきどきするような、そんな気持ち。それに吐き気もまざっている。わたしはなにをしたいんだろう。してはいけないことをしている気がする。
ランベールさんに場所を譲った。侍従が、わたしがとった景品を、女中からうけとっている。「あめのさま、どうしましょう。これはあめのさまの召し上がれないものでは?」
「ええ……そうですね……」
サシャ卿夫妻とレイナル執政官が、楽しそうにお喋りしているのが目にはいった。景品を携えて、わたしもまざろうか。サシャ卿夫妻に不快感を与えに?
マデロンさんが、クライルくんとマルゲリッテちゃんに、切り分けたケーキがのせられたお皿を渡していた。ケーキといったって、こっちの世界の(〈陽光の王国〉の?)ケーキは、焼いただけ、という感じの、素っ気ない見た目のものだ。ランベールさんが好んで食べるから、まずくはないのだろうけれど、華美さも豪華さもない。
エルノアクス侯爵の陣営では、クリームがたっぷりのケーキも見たけれど、あれ以外の場所で豪華なケーキを見ただろうか。……わたしが甘いものに興味がなくて、覚えていないだけかしら。
でも、マルゲリッテちゃんがあてたケーキは、少し豪華だった。なかにドライフルーツが沢山はいっているみたいだ。クリスマスの時に、ああいうケーキを焼いたことがある。名前を忘れてしまった。一週間前から、ドライフルーツを蒸留酒につけこんで、用意をして……食べた姉は、来年も食べたいと云っていた。その次の年には姉は入院していて、わたしはケーキを焼かなかったし、姉もその話を蒸し返さなかった。
わたしはあの時なにも考えていなかった。
目を逸らす。「失礼にならないなら、クライルくんとマルゲリッテちゃんにあげます。大丈夫でしょうか」
「はあ。なにも、失礼と云うことは、ないかと存じますが」
「それじゃあ、アルバンさん、持っていってもらえますか?」
アルバンさんは頷いて、お皿を持ってマデロンさんと子ども達の許へ行った。わたしはそちらを見ないように、別の方向を向く。
「お加減が宜しくないのでは?」
びくっとした。ランベールさんだ。わなげは巧くいかなかったみたいで、なにも持ってはいない。
仏頂面を見たら、なんだか安心できて、わたしはふっと息を吐く。
「いえ、そんなことありません」
「……顔色が優れませんが」
「ちょっと……色々と、思い出したくないことを思い出していました。姉が……」
つい、そんなことを云ってしまった。ランベールさんの眉がぐっと寄り、わたしは頭を振る。
「ごめんなさい、聴かなかったことにしてください」
「無理だ」ランベールさんは低声で云う。「気分が悪いのなら、もう帰る」
「でも」
「そういう約束だろう」
ランベールさんはわたしの腕を掴む。手があたたかい。「お前は、わたしとの約束は違えていいと、そう思っているらしいな」
「え?」
意味が解らなくて、わたしは間のぬけた顔をさらした。ランベールさんはごく小さく云う。
「忌々しいエドゥアルデとの約束であれば、命を賭してもでもまもろうとするのに」
なんだか、ひがむみたいな口調だった。わたしは小首を傾げる。ランベールさんは瞑目して、溜め息を吐く。




