王太子からの貢ぎもの 2
オレンジ色のケープを矯めつ眇めつするわたしに、廊下から宮廷魔導士さんが云った。かなり、怯えた様子で。
「殿下が、是非、気にいったものをお召しになって、外で朝食にしましょう、と。今朝はよい雨ですので」
「ああ、それはよい。気晴らしになるでしょう」
ちらっと窓を見遣る。がらすが分厚いので解りづらいが、慥かに雨は降っているようだ。
王太子殿下の誘いを断れる訳がない。わたしが頷くと、宮廷魔導士さんはほっと息を吐く。
ドレスは、どれも、踝丈かそれ以上に長い。鎖骨が見えるくらいの襟ぐりのものが多い。長袖は三着くらい。残りのドレスは、袖は肘までないが、生地がたっぷりしてだぶついている。
どれを着ても大差はないだろうと判断し、掴んだものを着た。いつサイズをはかったのか、と思うくらい、ドレスは肥り気味のわたしにぴったりだった。
上半身は体の側面に細い紐が編み込まれて、紐をひっぱって結ぶと安定するし、下着が見えなくなるのでそうした。スカート部分は三角形のシルエット。たっぷり仕込まれたペティコートでわさわさする。
淡い赤に、金糸でぬいとりがしてある。襟許と腰の辺り、裾には、白いフリルがあしらわれ、可愛らしい雰囲気だ。
半袖は寒い。白いマントを羽織った。マントというか、ケープというか、立て襟で金のリボンで結んでとめるのだが、前は胸下くらいまでの長さ、後ろはぎりぎり引き摺らない長さだ。
くつは、踵の低い、赤いパンプスにした。革製で、踵には木材がつかわれている。これも、昨日からつくったのかしら?それとも、聖女は大体このような身長体格だろうと予測して、持ってきていた?
きがえをすませて、浴室を出た。アムブロイスさんとマーリスさんがなにか云おうとしたみたいだったが、しかし口を噤む。
ベッドに腰掛け、櫛をとった。ざっと梳かして、髪はハーフアップにした。二本脚の金のかんざしでとめる。ドレッサーには鏡がついているが、もとの世界のもの程明瞭には映らない。少々もどかしい思いをした。
漸くと髪をまとめ、櫛を置いて立ち上がる。くつははき心地がよかった。
振り向くと、アムブロイスさんとマーリスさんが、申し訳なげに肩を落としている。もしかして、格好がおかしかっただろうか。
しかし、そういうことではなかった。アムブロイスさんが不満げに云う。
「侍女のひとりもつかぬとは」
「イース、あまり余計なことを云うな」
「しかし……」
「殿下のご意向だ。仕方ない」
ああ……こういうのって、誰かに手伝ってもらうものなのかしら。紐をひっぱるのも、慥かに、ひとにやってもらったら楽だろう。
でも、自分でも着れたし、多分大丈夫だ。
アムブロイスさん、マーリスさん、ツェレスタンさん、エーミレさんにまわりをかためられ、部屋を出て廊下を進む。湿気を含んだ空気が冷たい。
二階の廊下から覗きこんだ玄関広間には、ロウセット卿、ドナティエンさん、昨夜も居た女性に加え、十代後半と思しい女性がふたり。
侍女の必要性は解った。女性陣の髪はこった形に結われ、装飾的に宝石のピンが挿されている。それから、コルセットをつけているようだ。頑張ればできるのかもしれないけれど、ひとりでつけるのはなかなか難しいだろう。だから、そういう部分を侍女に手助けしてもらうのではなかろうか。
お化粧もしているみたいだった。鏡がくっきり映るものではないし、ひとにやってもらうか、勘でやることになる。勘はリスクが高い。侍女の出番、なのだろうな。




