栄養不足執政官
「満足戴けて、安心いたしました」
レイナル執政官がスリーテンポくらい遅れてそう云った。あれ、わたしさっきなに云ったっけ、と一瞬だけ考えてから、うっすら笑ってもう一度、今度は軽く頷く。いい「部屋」を宛てがってくれてありがとう、とかなんとか云ったんだった。
随分、ゆっくりした会話になっている。執政官は、かなり疲れているらしい。ひと眠りするべきだ。執政官の下目蓋は黒ずんでいる。ヴィタミン不足は本当に危ないのだ。
侍従がお菓子を運んできた。どこかに調理場があるのか、魔法で生じさせたのか、は不明だが、湯気のたつくだもののパイだ。丁度、ヴィタミンの供給源があらわれた格好である。侍従がこのお菓子を選んだのは、レイナル執政官の様子を見て、かもしれなかった。
くだものの甘い匂いと、バターの塩気がある香りが、ふんわり漂ってくる。塩分も人間にとって欠くべからざる要素である。それに、パイ生地の炭水化物も、とても疲れた様子のレイナル執政官にはいいだろう。
それにしても、とにかくおいしそうだった。
アレルギーがなければ食べられるのになあ、と、少しだけ恨めしい気持ちになる。だが、どうしようもないものはどうしようもないのだ。
侍従が、きらきらと光る銀色のナイフで、パイを切り始めた。わたしはにこやかにそれを示す。
「どうぞ、食べてください」
「ああ、お気遣い、ありがとうございます。今夜の食事のことでうかがっただけですのに、申し訳ない」
謝りつつも執政官は、パイを目でしっかり捉えている。侍従がひと切れ、とり皿に移した。フォークと一緒に執政官の前に置くと、彼はにこっとして、フォークを手にとる。別の侍従がわたし用に、ドライフルーツのはいった小さな籐かごを持ってきた。「聖女さま」
「ありがとう。そこへ置いてください」
笑顔で簡単に返す。侍従は籐かごをテーブルへ置いて、さがった。わたしは干しなつめをひとつとる。こういったことに、本当に慣れてきている。あまりよくないと、自分では思う。
わたしが干しなつめをかじると、レイナル執政官もパイを口へ運んだ。口に合うみたいで、表情が和らぐ。ひとつの街を預かって、治めていくというのは、わたしが考えているよりずっと、大変なことなのだろう。
レイナル執政官は、パイをふた切れ食べ、顔にだいぶ血色が戻った。マグをからにしてから、控えている兵に命じて、紙束を持ってこさせる。
王領警備部隊第十二師団第一連隊長の不正について、執政官に報告をあげたようだったから、街に派遣されている王領警備部隊は、執政官に指揮権があるのかな。けど、執政官は戦線には立たなかったみたいだし……単に、ひらの兵なら、執政官のほうが位が上だから、云うことをきく、というだけ? 誰も注意しないし、法律的には大丈夫なのだろうけれど、気になる。
紙束は、穴を開けて、焦げ茶色の革紐で綴ってある。束と云っても、枚数は十枚ないだろう。厚めの羊皮紙なので、多く見えた。
わたしは手巾で手と口許を拭って、お茶をひとくち飲んだ。侍従がパイのお皿をさげ、別の侍従が籐かごをさげる。それからお茶のおかわりが運ばれ、わたしと執政官のマグに注がれる。




