かくれみの 2
「それはそうだが……」
「怪我のことは謝る。悪かった。が、聖女さまの力を見ぬと、信用せぬ愚か者は、存在するぞ」
おふざけなしで云われると、ランベールはなにも文句を云えない。唸って、エドゥアルデの隣へ腰掛けた。
エドゥアルデは羊皮紙を一枚寄越す。ランベールはそれへ、目の焦点を合わせた。「……〈交易の海〉か」
「ああ。この辺りに化けものが集中している」
エドゥアルデが羊皮紙を指さした拍子に肩がぶつかったが、あちらに気にした様子はない。ランベールは、エドゥアルデのそう云うところが苦手だ。芝居と云っているが、それが得だと思えばこいつはなんでもする。ランベールが望めば、嘘がまことになるかもしれない。
「最近は〈西北大陸〉もきな臭い。あまり、船がやられたら、これを好機とちょっかいをかけてくるかもしれぬ」
「面倒な……沿岸警備部隊はなにをしている?」
「シー・サーペントやクラーケンを見たことがないのか、ランベール坊や」
「からかうな」
エドゥアルデは流し目をくれて、ランベールの右肩をそっと撫でた。
エドゥアルデが工作をするようになったのは、ランベールが王室護衛隊に異動した頃だ。
それまでは、王太子護衛隊の隊長だった。直属の上司は王太子で、詰まりエドゥアルデはランベールを自由につかえたのだ。
が、王がランベールを異動させた。
王室護衛隊は王の持ちもので、王太子でも簡単には動かせない。なにかさせるとなれば、その度に王の承認が必要になる。勿論その情況で、エドゥアルデとランベールが必要以上に話しこんだりすれば、エドゥアルデが王の領域に過剰に干渉している、もしくはランベールが王ではなく王太子に仕えているようだ、と云われるだろう。どちらにしても、王の不興を買うおそれがある。
けれどエドゥアルデは、ランベールしか信用ならぬと、戦の作戦立案や、交易に関して、ランベールの助言を求めてくる。
エドゥアルデは、ふざけているし軽いやつだが、くにを思う気持ちは強いのだ。ランベールもそれは解っている。だから、エドゥアルデがどうしてもとごねた時、折れるしかなくなる。
王太子が頻繁に王室護衛隊隊長に相談をする、のは拙い。だが、王太子が王室護衛隊隊長を愛人にしている、ならば、たいした問題にはならない。
ランベールは王家に対してたてつく素振りさえ見せたことはなく、王の命はすべてこなしてきた。そのランベールが、悪ふざけでおなじみの愚かな王太子を大人しくさせている、と、諸侯は考えている。そう見えるように、兵や官吏の前で痴話喧嘩めいたやりとりまでした。そんなふうに、エドゥアルデは自分の悪評も利用する。
それに、これはランベールの保身でもあるのだ。王家へは従い、従い、従う。脅威ととられてはならない。命の為に。
「あちらや、〈南大陸〉との交易にも悪影響だ」
「それは困るな。〈南大陸〉の鋼がなくなれば、武具の質が落ちる」
「だからお前に相談している。沿岸警備部隊の強化をしたいが、レスエウルが煩い」
「兵を出させては?」
「あれは少々問題が……」
エドゥアルデが唐突に、羊皮紙をクッションの下へ隠し、ランベールの髪をぐしゃぐしゃと乱す。
軽く蹴られたので、ランベールは扉へ向かった。エドゥアルデはテーブルの上の灯を消し、くつをぽいぽいと脱ぎ散らして、寝台へ飛び込み、シーツを頭まで被る。
錠を外し、うすく扉を開いた。マーリスとギゼレの立ち位置が、かなり近付いている。ついでに、王太子護衛隊の兵もふたり居た。
ランベールは睨み、四人は後退する。これもよいところだ。愛人の振りをしていれば、エドゥアルデとふたりきりになっても怪しまれない。
「ランベール?」エドゥアルデがわざとらしく甘ったるい声を出した。「はやく……」
「……今行きます、殿下」
扉を閉め、錠をかける。ランベールはくつを脱いで寝台へ上がり、王太子殿下の隣へ潜り込む。
ランベールが魔法で小さな光を点すと、エドゥアルデは羊皮紙をひらひらさせた。「お前は本当に役に立つな。それを暫く点していてくれ。フィリムラン領の不正疑惑の続報を読み上げてやろう」




