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「檮原さん」
その声に、体の緊張が少し解れた。
顔を向ける。日塚さん、月宮さん、如月さんだ。三人とも、傍に鎧のひとが居る。それから……。
「……やあ」
熱でもあるようなぼんやりした声で、阿竹くんが云った。阿竹くん……なのだが、髪の色が違う。黒髪だったのに、灰色に変わっていた。それも、凄く綺麗なコールドグレー。
待って、女子三人もなにかが違う。日塚さんは左目が濃紺、月宮さんは右目がオレンジ色、如月さんは長い髪にコールドグレーがふた筋はいっている。
そして、四人とも、なにが起こったのか解らない、と云う顔をしていた。
わたしは自分の髪を慥かめる。変化はない。染めていないダークブラウンで、たっぷりと脚の付け根まで流れ落ち、毛先がゆるくカールしている。目の色は、鏡がないから慥かめようがないが、変化がなければまっくろの筈。
「さっき、目が痛くなって、こんなになっちゃったの」
わたしの困惑が解ったか、日塚さんがそう云って、月宮さんを見た。月宮さんはいつもの元気がなく、こっくり頷く。
「わたしも、いつの間にかこんなんなってたの。でも、阿竹くんとおんなじ」
如月さんはにっと笑ったが、いつも程の勢いはない。やっぱり、戸惑っているのだ。
阿竹くんが目を細める。値踏みするみたいに。
「君は、なんともないね」
「あ……」
頷く。慥かに、なんともない。魔法はつかえるけれど。
阿竹くんがこちらへ近付こうとしたが、鎧のひとが阻んだ。ランベールさんがタラップを登ってきて、無表情で云う。
「あめのさま、部屋はあちらです。ツェレスタン、聖女さまを案内せよ」
「はっ」
くすんだ金髪の青年が威勢よく返事して、わたしの前に出、片膝をつく。「聖女さま、ツェレスタン・ルツェイエと申します。案内役の栄誉に浴する幸運を喜んでおります」
わたしがなにか云う前に、ツェレスタンさんは立ち上がり、わたしを促して歩き出した。まだ、四人と居たいのだが、背後にはランベールさんも居て、わたしが動かないからか睨んできている。こわいので歩いた。
「まって」
阿竹くんが声を震わせた。手を伸ばしてくる。わたしは、阿竹くんが呼びとめてくれたことに、凄くほっとした。そう、もう少しでもいいからここに居たい。みんなと手を握りあって、こわかったね、と喋るだけでいい。わたしはこの情況がこわい。具体的な方策や解決は要らないから、共感がほしい。
鎧ふたりが阿竹くんを停める。「待ってくれってば。彼女は僕の恋人なんだ」
わたしは凍り付き、女子三人が目を剝いた。
なんであっても聖女さまには休んで戴く、と、ランベールさんは有無を云わせなかった。突然の暴露にかたまったわたしをさっと横抱きにして、船室へ這入る。ツェレスタンさんが案内してくれたのは、船のなかとは思えないような豪華な部屋だった。キングサイズのベッド(天蓋とレースのカーテン付き)に、ソファ、がらすのはまった跳ね上げ窓、ドレッサー。這入って右の壁に、扉があって、その奥はお風呂場だった。ただし、水道はない。つくりつけの戸棚と、洗面台と、猫足の浴槽、洋便器、籐かごがある。ショックで茫然としたまま案内され、わたしはぼんやり頷いて、ツェレスタンさんの言葉を聴いている。「聖女さまは長湯を好むかたが多いと聴き、殿下が特別に拵えさせた部屋です。こちらの棚には、せっけんと、ご婦人の好む香りの油の壜がございますので、お好きなようにおつかいください。もし、お気に召しませんでしたら、得意なものにつくらせましょう。ああ、服や、タオルもございますよ」
殿下……王子さま、かな。
そのひとが聖女をほしがってる? さっきの、クレアル、と云うひとは、王太子だと云っていた。聖女というのは、偶像や、象徴ではなくて、なにか、有用なものらしい。少なくとも、ふたつの国がとりあうくらいには。
わたしは相槌を打つのも忘れて、ソファに腰掛けて項垂れている。膝頭をきつく掴んでいた。感覚からすると、どうも船は動いているようだ。また、どこかへ運搬されている。知らない場所で、知らないひと達に囲まれて。
「もうよい、ツェル。聖女さまは疲れておいでだ」
ランベールさんがぴしゃりと云った。わたしは顔を上げる。ツェレスタンさんが申し訳なげにこちらへ頭を下げた。
「長々と下らぬお喋りで煩わせました。なんぞあればお申し付けを」
そう云って、ツェレスタンさんが出て行く。ランベールさんもゆっくりそれに続き、お辞儀をしてから扉を閉める。がっちゃん、と重たい音がした。錠を下ろされたのだ。わたしは監禁された。