かくれみの 1
ランベールは、ロウセット邸一階の廊下で、ぼーっとしていた。こういう時はなにも考えないのが一番いい。今から、王太子の個人的な空間にずけずけと這入りこむ、なんて時は。
マーリスとギゼレがついてきていたが、エドゥアルデの部屋のかなり前で、ランベールはふたりを振り向く。「ここまででよい」
「しかし、隊長」
「お召しものもかえずに……」
ランベールは右肩を見る。外套も、なかに着たシャツも破れ、血にまみれた肌がむきだしだ。エドゥアルデは狡猾とさえ云える。ひとつのことで、聖女の力を見せつけ、ランベールが自分のものだとロウセットに解らせた。いや、兵達や、宮廷魔導士にも、だろうか。
なんにせよ、ランベールに逆らう気力はないし、逆らえる立場でもない。すべてエドゥアルデの思うようになる。それでいい。エドゥアルデは人格に難はあるが、功はあげている。
ランベールは配下のふたりを見る。「問題ない」
「隊長」
「殿下が来いと仰言る。なら行く。なにかおかしいか?」
ふたりは黙ってしまった。
ランベールは云う。
「見張っていてくれ。だが、必要以上に近寄るな。聴かれたくないこともある」
ふたりが神妙な顔で頷き、ランベールはエドゥアルデの部屋へ向かう。この者らは、わたしとエドゥアルデが部屋でなにを話すと思っているのだろう、と一瞬考えた。
扉を叩こうとすると開く。王太子殿下は絹の部屋着になっていて、例の、身持ちの悪い女のような笑みを浮かべる。胸許がだらしなくはだけていた。
「遅かったな」
「……失礼致しました」
「本当に失礼だぞ。這入れ」
左腕を掴まれ、ランベールはエドゥアルデにあてがわれた部屋に這入った。天井からさがった灯は光量が少なく、テーブルの上の燭台が灯として役立っているらしい。
大きな寝台は、王宮でエドゥアルデがつかっているものそっくりだ。背が低く、ふっかりしたクッションが沢山のっている。
立ったままつかえる背の高いテーブルに、衣裳箱がふたつあるのも、王宮と同じだ。部屋が狭い所為でごちゃごちゃして見える。
扉を閉めて、錠をかけると、エドゥアルデは尚更にやにやした。エドゥアルデがくいと顎で示したほうを見ると、扉がある。
「湯をつかってくるといい。衣裳は用意する」
「……ああ」
ランベールはなにも考えないようにして、そちらへ行った。浴室だ。
後ろ手に扉を閉てて、ランベールは息を吐き、くつと衣裳を脱ぐ。上位コンバーターは外さなかった。脱いだものは、まとめて籐かごへいれる。
浴槽に湯をためる。これくらいは、たいして魔力も消費しない。
せっけんを掴み、体を洗う。髪についた血がかたまって、落とすのに苦労した。「おやまあ、お前ときたら、暴れ者だな」
湯気の向こうでエドゥアルデが笑っている。ランベールはむっつりと、それを睨んだ。ふたりきりの今なら、取り繕う必要もない。
エドゥアルデは壁の上部につくりつけられた棚に、タオルと、絹の下着に綿地のシャツとずぼんを置く。
「流石剣聖どの。その腕は僕の脚くらい太いのじゃないか」
「……エドゥアルデ」
「怒るな。王太子が替えの衣裳を用意してやったんだぞ。腕と脚は後で比べよう」
王太子殿下は軽口を叩き、出て行く。
ランベールは水で体を洗い流し、衣裳を身につけた。ご聡明なエドゥアルデは、手回しのよいことにくつも持ってきていた。
エドゥアルデは寝台に仰向けになり、羊皮紙を両手でひろげていた。ランベールは寝台へ片膝をつき、王太子のシャツへ手をかける。
ぼたんを留めた。「ああ、悪いな、ランベール。忘れていた。僕はどうも、後始末というものが苦手でね」
「……あれはやりすぎでは?」
「ああでもせねば、兵らを遠ざけられない」
エドゥアルデは脚で反動をつけて上体を起こした。「それはお前も承知しているだろう。だから芝居に付き合ってくれているのじゃないのか?」




