晩餐会 2
「ありがとう」
ぎょっとされた。お礼を云うのも変なのか。
使用人は、表情をとり繕い、もう一度お辞儀する。わたしはなんとなく頷いて、ゴブレットを掴んだ。金属製で、表面がぼこぼこしている。ところどころに細工があった。
鼻先まで持っていく。血のように、ねっとり赤い液体がはいっていた。かすかにアルコールが漂う。
ランベールさんに魔法をつかった所為か、アルコールを消す気力がなかった。わたしはゴブレットを置いて、まだ水差しを持っている使用人を仰ぐ。「お水を戴けますか?」
「聖女さま」
びくっとして目を遣る。
ロウセット子爵が、顔を俯けていた。「まだ、我が家の無礼にお怒りですか」
わたしがなにも云えないでいると、ランベールさんが云った。
「聖女さまは、獣の肉や小麦は召し上がれない」
「それは……」
「ロウセット子爵。あなたが用意したものであろうと、誰が用意したものであろうと、聖女さまは召し上がらぬ」
王室護衛隊隊長、は、子爵には平口でもいいようだ。ロウセット子爵が、失礼な、と怒ることはない。
わたしは目を伏せる。「ごめんなさい」
「謝ることはありませんよ、聖女さま」
エドゥアルデさまがゴブレットをからにし、おかわりを催促した。使用人がさっと、ゴブレットを充たす。
「食事というのは、この苦しみに充ちた人生において、楽しむべきことのひとつです。嫌いなものを口に詰め込まれては、苦痛が増えるだけというものだ」
「わたし、嫌いなのでは……」
「娯楽はまだありますよ、聖女さま。着飾ること、領地を増やすこと、それから愛を交わすこと……そうだろう?ランベール?」
話を振られたランベールさんは、渋面になって、返事をせずにとりのローストを切り刻む。ロウセット子爵は横目でランベールさんを睨み、ドナティエンさん達は赤くなって俯く。
水はもらえた。汲みたての湧き水を、使用人が運んできてくれて、それを飲んだのだ。金臭いけれどおいしかった。
食糧が粗方片付くと、エドゥアルデさまが片肘をついて、ランベールさんを見る。「ふむ、お前はそんな格好でもさまになるな。男ぶりがあがる」
テーブルに身をのりだし、手を伸ばして、エドゥアルデさまはランベールさんの顎をぐいと掴んだ。ランベールさんは手を停める。
王太子殿下は、ランベールさんと目を合わせたまま、云う。
「ロウセット子爵、ランベールの部屋は用意しなくていい」
「は……? しかし……」
「ランベール。今夜は僕の部屋に来い。だから部屋は要らない、ロウセット子爵」
ドナティエンさんがナイフをとり落とし、もごもごと詫びる。耳が真っ赤だ。
ロウセット子爵は苦虫を嚙み潰したような顔で、渋々頷いた。「かしこまりました」
「だ、そうだ、ランベール。馬小屋で寝るよりかは、僕の隣のほうがましだろう。いいな?」
エドゥアルデさまがにんまりした。ランベールさんは、なにを考えているか解らない顔で答える。
「はい、殿下。うかがいます」
「うん。お前は素直でよい」
エドゥアルデさまは満足そうに云って、ランベールさんから手をはなし、背凭れへ身を預けた。
判断に困ったけれど、そういう……ことなのかな。ランベールさんと、エドゥアルデさま。
どういう表情をしたらいいのか解らないので、わたしは俯いている。湧き水を二杯飲み干したところで、お開きになった。食後のお祈りがあって、食堂を追い出される。
エドゥアルデさまはわたしの手をとって、軽く口付ける。
「ローイスがまともな寝台を用意しているでしょう。なにも心配せず、おやすみください。明日までにはまともな衣裳も用意させます」
「……ありがとうございます」
わたしが云うと、エドゥアルデさまはにこっとした。
コランタインさんと、ナタナエールさんにつれられて、階段をのぼる。廊下の奥まったところが、わたしの泊まる部屋だった。
部屋に這入るや、コランタインさんが毒づいた。「あの手余し者」
「コランタイン」
ナタナエールさんがたしなめる。「隊長と殿下は血がつながっているし、幼い頃からの付き合いだ。深読みをするなよ」
コランタインさんは納得していないようだった。




