魔法のルール
防壁の上から援護があった。多分。位置的にそうだと思う。体をひねって慥かめるような余裕がない(そんなことをしたら背骨がぱきんと折れるだろう)。
もしかしたら防壁へのぼらずに、その手前で停まって頑張っている兵が居るのかもしれなかった。だとしたら危険だ。はやく逃げてほしい。わたしはここまで大きな魔法をつかったことがない。まきこまないと確約はできない。
兵達の情況について、どうなっているのか判断はできなかった。ただ、視野の上を、氷塊や矢がとんでいくのが見える。わたしの魔法の風のなかを、矢が勢いよくしゅんととんでいくのは、見ていて小気味いい。それが防壁の上からであるようにと祈った。
目蓋が痛い。頬が冷たく、乾燥している。髪が酷いことになっているだろう。ランベールさんはわたしの髪の毛の所為でなにも見えないんじゃないかしらと唐突に、そしてとても、心配になる。それから、みっともなくないだろうか、とも。なにを、こんな情況で、ばかなことを考えているのだろう。
唇がびちっと、弾けるみたいに切れた。湿度が足りない。もともと、唇が荒れやすいのだ。年中かさついて、ひび割れて、裂けていた。
アレルギーにひっかからないリップクリームを、姉がさがしてくれたっけ。初めの頃は、入院していても、ケータイはつかえたから。
マーダーウッド達は持ち堪えている。なんて腹のたつ防風林、と思った。それから、大声で笑いそうになって怺える。わたしって、なんとまあ、驚く程のばかだ。木は、風除けになる。風除けとして植えられるようなものじゃないか。それに風の魔法? わたしは正気を失っていたらしい。
前方に居るマーダーウッドはまさに防風林だった。防いでいる。風を。わたしの指を圧し折るくらいの反動がある魔法の風を。
さっさと後ろまで届け。
魔法文字のいいのは、みっつ使用の縛りがある意味でゆるいところだ。
必中みたいに、重ねても精々「標的、必中」にしかならない、接続詞がないと意味がないものもある。そういうものは、きちんとした構文が必要になってくる。
例えば、木に必中、標的へ行けのような。考えるだけの心のゆとりがあれば、そうやれば確実だし、魔法も巧く発動する。消費する魔力も幾らかは少なくてすむ。いいことばかりだ。
この場合の問題は、化けものにとり囲まれたり、大軍でおしかけられたりすれば、そういった心の余裕がなくなるということだ。少なくともわたしは焦るし、だからさっきも、必中ひとつだけをつかって痛い目を見た。スゥーリーとランベールさんが居なかったら、愚かにも魔法文字の使用法を誤って死んだ聖女として、後世に至るまで名が残ったことだろう。
しかし、同じ文字をみっつ続けても効果が出るものもある。つまりそういうものなら、ひと文字でも、みっつ使用ルールをクリアできる。重ねて強調することが可能、ということ。
わたしはすうっと息を吸う。魔力はまだある。だから云った。「強く強く強く」




