晩餐会 1
アーチの向こうは、食堂だった。
わたしは、ナタナエールさんが用意してくれた水鉢で手と袖口を洗い、エドゥアルデさまにエスコートされてそこへ這入る。顔をタオルで拭ったランベールさんがついてきた。
ランベールさんはきがえなかったし、エドゥアルデさまはじめ、誰もがきがえろとは云わなかった。ある種の見せしめというか、辱めだと思う。ロウセット家の三人に、聖女へ疑いをかけたことで、王室護衛隊隊長に大怪我をさせたと、しっかり記憶させる為。
やけに大きな長テーブルには白いクロスがかかり、金の燭台がのっていた。ろうそくらしいものはないのに、白っぽい黄色の灯が点っている。光は、ゆらゆら揺れていた。椅子は、赤っぽい木に、茶色と金色の、斜めの格子縞の布が張ってある。
エドゥアルデさまが、奥の壁を背にした席に着いた。わたしは促されるまま、その斜向かいに座る。ランベールさんがわたしの向かいに座り、ロウセット子爵はふたつ椅子を空けて、その隣。男女ふたりは、ロウセット子爵の隣に並ぶ。
兵が四人、それに白いローブに赤い布のひとがふたり、アーチの近くに控えている。兵達は武器を身につけたままだ。
食事が運ばれてきた。一度にすべてのものを運んでくるのが、〈陽光の王国〉流なのだろう。テーブルがやたらと大きい理由は解った。相当な数のお皿に、パンかご、フルーツかご、複数の水差しが、それぞれの前に並ぶのだ。銀のナイフ・フォーク・お匙は、綺麗な金の容れものにはいっていた。
お皿は白い陶器か、銀。それぞれに、いい香りの煮込んだお肉、魚のムニエル、バターの塊がのったむし野菜、なにかに生地をまとわせて揚げたもの、テリーヌみたいなもの、濃い茶色の炊き込みご飯に貝類がどっさりのっているもの、とりのソテーに半分に切ったプチトマトのソースがかかっているもの、とろっとしたクリームがたっぷりかかったケーキ、など、ご馳走が盛りつけられ、揺らめく灯でおいしそうにつやつやしている。
ただ、どれも食べられそうになかった。むし野菜はぎりぎりいけるかもしれないが、牛乳プリンで発作を起こしたことがあるので、乳製品も避けておきたい。バターの香りは好きだし、おいしそうだと思うが、食べられないものはしょうがない。
「では、〈重たい炎〉に、今日の糧をお与えくださった感謝と、これからも我らをおまもりくださるよう祈って、言葉をおくりましょう」
エドゥアルデさまが音頭をとる。皆、思いおもいの格好で、口々になにかをささやく。食前のお祈りだ。わたしはその文句を知らないので、膝の上でぎゅっと拳をつくり、俯いて黙っていた。
五分程度で、エドゥアルデさまが云った。「おききいれくださるか、今夜を楽しみに。では、戴こう」
お祈り終了の合図だったようだ。わたし以外は、フォークやお匙を手にとる。
食事を運んできた、使用人と思しいお揃いの服を着たひと達が、そのまま給仕をした。ひとりは緊張した面持ちでわたしの斜め後ろに控え、わたしがなににも手をつけないので、じりじりした様子だ。
エドゥアルデさまが手を鳴らす。その傍に控えている使用人が、かしこまって水差しを掴み、中身をゴブレットへ注いだ。わたしも、咽が渇いているので、なにか飲みたい。けれど、アルコールはいやだ。
当たりをつけて、水差しへ手を伸ばした。すると、使用人が飛び付くようにしてそれを奪う。
仰ぎ見た。使用人は、かしこまってお辞儀し、わたしの前に用意された空のゴブレットへ、水差しから中身を注いだ。どうやら、自分でやってはいけないらしい。




