冷たい魔法 4
水はわたしの頭上でくるりと渦を巻き、氷の槍へ吸収されていく。そのまま、ぱきぱきと軽い音を立てて、氷の槍へと姿をかえた。なにもないところから氷の槍をつくるよりも、水があったほうが断然楽だ。金属から金属をつくるのも、なにもないところからと比べれば楽だったし、そう云う仕組みなのだろうか。それとも、原料があるんだから魔力消費は少ない筈、という思いこみが、いいほうに働いてくれているのかもしれない。
鼻と喉の痛みが和らいでいるから、湿度が低すぎる状態から脱したようだ。ありがたい。
わたしは水という資源を得て、それまでより氷の槍の生成速度を上げた。なるべく多くつくって、多く飛ばせば、それだけマーダーウッドを倒せるのだ。なら、それをやるだけである。襲ってくる化けものを倒すのは、多分誰にとってもいいことだろう。特に、住民を追い出すなり殺すなりして、街を占拠しようとしている化けものならば。
水の供給が停まったので、振り返ると、従僕が座り込んでいた。魔力が足りなくなったようだ。肩で息をしている。そこまで無理をしなくてもよかったのに。疲れたらやめるよう云ったのだが、伝わっていなかったのだろうか。
わたしは微笑んだ。「どうもありがとう。助かります」
「い……いえ、申し訳ございません。すぐに別の、もっと水が得意な者を、呼んで参ります」
そこまでしなくてもいい、と云おうとしたが、してくれたほうがありがたい、と思った。どちらを云うべきか迷った数秒で、従僕は走っていってしまう。わたしはなににつけ、のろまだ。
大隊長が叫ぶ。「用意!」
金切り声だった。三度の斉射でマーダーウッドがそこまで減っていないから、動揺しているのだろう。焦るのも解る。このまま〈榛の門〉を突破されたら、すぐに民家があるらしいから。
掲げた剣が震えている大隊長から目を逸らし、わたしはまっすぐ前を向く。マーダーウッド達が防壁に接触するまで、おそらく後200mもない。今できあがっているだけの氷の槍を放ったら、別の方策をとろう。
「放てええ!」
わたしは氷の槍を発射し、一拍おいてから防壁を飛び降りた。
体重は軽くしたし、浮揚もかけた。身体強化をきつくかけ、タングステン製の柄の長い斧をつくり、はじき返す魔法をかけて防壁を両足で蹴る。髪とドレスがふわっと空気を含む。
軽くなった体は魔法の力を存分につかった。わたしは矢のように飛び出し、マーダーウッドの群れへつっこむ。本物の木のような外見で、匂いで、でも動いているから、その違和感に思考が停止しそうだ。近付く程に、単なる木なのだもの。
勢いのまま、回転しながら斧でマーダーウッドを叩いた。木には斧がお似合いだろう。この程度の森、伐採し尽くしてやる。
数十本、枝を落とした。わたしはマーダーウッドを数回蹴って上へ跳び、落下が始まると同時に体重を本来の五倍にする。それから地面を見た。「ルシャ・ビイ・ブェト」
地面をひっぱれ。
わたしの体は地面にぐんとひかれ、かなりの速度で落ちていく。ふんわりしたドレスが風の抵抗をうけるが、落下速度を遅くすることはない。
斧を両手で握りしめ、斧と自分の全体重をかけて、マーダーウッドを一本唐竹割りにした。




