ロウセット邸 1
今度はさほどの時間は経たず、馬車が停まった。
エドゥアルデさまのエスコートで馬車を降りる。もう夜だった。星がちらほら見える。
ランベールさんが兵になにか指示をし、兵達が走っていった。ちらっと四辺をうかがうと、馬車が数台停まっている。三頭立てばかりだ。
エドゥアルデさまは、片手で口許を覆って、つまらなそうに小さく欠伸をした。それからわたしに右腕をさしだす。
掴まれと云うことだろう。わたしはそっと、左手をのせた。エドゥアルデさまは満足そうに歩き出す。わたしは顔を伏せてついていった。ランタンを持った兵達が前と横、ランベールさんは斜め後ろに居る。それから、多分、エドゥアルデさんがつれてきたであろうひと達も居た。白いフード付きローブのひとが四人、王室護衛隊の外套に似た外套(袖の形が違い、金のふちどりが少ない)を来たひと達が十人くらい。
「顔を上げておいたほうがいい」
エドゥアルデさまは低声で云う。「折角美人なのだから」
わたしはなにも云わない。でも、少しだけ顔を上げた。
石畳の敷かれた道だ。ゆるいカーブが、右、左、と、何度か続く。左右に、つつじやつげらしい、背の低い木が植わっている。それに、槐、にれ、椋、バラ科らしいなにか。楠みたいな香りもする。
エドゥアルデさまが云う。
「ここは、ロウセット子爵邸です。王都のような洗練された建物ではないが、邸の主は雨露をしのげれば充分と云う考えのようでね。ああ、寝心地のよい寝台は準備しましょう。ローイス、先に行け」
ひらひらした白いローブのひとが、走っていった。両肩から、金属製の飾りを端につけた、半幅くらいの赤い布がさがっている。宮廷魔導士……かしら。
わたしはなんとか、声を出す。「あの」
「おお、やっと喋ってくれましたね?」
エドゥアルデさまがにっこりした。わたしは首をすくめる。「なんでしょう、可愛いひと」
「……わたしと、いっしょにきた、」
「ああ、聖女さまの従者達のことですね」
訂正しようとしたが、エドゥアルデさまの冷たい眼差しを見て、わたしは口を噤む。
ランベール、と、エドゥアルデさまは面倒げに云う。ランベールさんが小さく頷いた。
「皆、こちらへ移動しています。心配なさらず」
「だ、そうです。そのような煩わしい話はやめましょう」
エドゥアルデさまは、非常に迷惑そうな顔で、片手をひらひらとやった。
それ以上の話は封じられてしまったが、阿竹くん達の所在は、一応解った。とりあえず、みんなも王都へ送られるみたいだ。
お邸が見えてきた。歩いている間に空がもっとくらくなっていて、色合いはよく解らない。三階建てくらいの高さがあるのと、つる性植物が外壁にはりついているのは解った。それから、慌ただしい様子も。
王太子殿下は遠慮もなにもない。お邸の前で、かしこまって待っていた、着飾った二十歳前後の男女のお辞儀や挨拶の口上をまるで無視して、開け放たれた扉から玄関広間へ這入る。ランベールさん、王室護衛隊数人、ローブのひと達はついてきたが、それ以外は這入ってこなかった。
広間の壁、天井近くには、ぼんやりオレンジ色に光る灯がある。兵達が持っているランタンの火を消した。
左右の壁には四季の模様のタペストリーが掛かり、前方にはアーチ。その左右に、内側へ向けてゆるくカーブした、ひろめの階段。手すりと柵には、波の彫刻が施されていた。途中に、細い鎖で、小さな灯が吊り下げられている。そちらの光は、黄味が勝った緑だ。蛍の光の色。
アーチの下に、青いドレスの女性が出てきた。立襟で、ところどころにレースがあしらわれ、スカート部分のふくらみは控えめ。袖は長く、袖口に余裕がある。そこから覗く手には、指環がみっつ。ひとつは、一貨を土台にはめてある。うすい茶色の髪をハーフアップにして、濃い色の琥珀のピンを装飾的に挿していた。年齢は、四十を少し過ぎたくらい、かしら。
女性が膝を折るお辞儀をしたのと同時に、背後から着飾った男女が這入ってくる。
「やあ」エドゥアルデさまはざっかけない調子で云う。「ロウセット子爵。悪いが、一日泊めてもらう。一日だけ」




