反発 2
ゆっくり体を休めて薬を服み、治す場合と、それに恢復魔法が加わった場合とでは、治る速度は桁違いだ。恢復魔法があるほうが、圧倒的にはやいらしい。だから、医者も付添人も、魔力を補いながら精一杯魔法をかけ、患者を治そうとする。
わたしも、戦場で幾らか治療行為に携わり、恢復魔法の有用性は解っている。脚や腕が飛んだ兵でも、すぐにくっつけて恢復すれば、顔色は悪いままでも脚も腕ももとのように動かせた。
それは、脚や腕の治療だけではない。細かい条件に差はあれど、心臓と脳、脊髄の重大な損傷や、即死であった兵を除いて、ほとんどがある程度の恢復を見せた。そして、少しでもよくなった兵は、恢復魔法を重ね掛けすれば最終的にはすべての怪我が癒える。
こちらの世界の人間がそういう体質で、魔法が効くのかもしれない。でもなんにせよ、恢復魔法はこちらの世界ではとても役に立つ。そして、医者を目指す者にとって必要な才能のひとつ、になっているのだ。
それでも、予防的なアドヴァイスであるとか、体質改善についても医者の仕事だ。だから、ドゥピュイス先生のように、薬の知識もあるのが普通だし、恢復魔法がつかえないとしても、その分野を極めれば、医者の資格を得ることも不可能ではない。
ただし、恢復魔法がつかえないと付添人として雇ってもらえる可能性はほぼないので、実家が医院や病院をやっているひとでないと、恢復魔法なしで医者になることはむずかしい。実地で訓練を積めないからだ。
それに、医者になれたとしても、開業医なら恢復魔法をつかえるひとを雇わないと、経営が成り立たない。小さな怪我ならその日のうちに全快まで持っていけてこそ、医者である。薬をくれて、療養の方法を教えるだけの医者は、人気がない。まあ、こちらの世界だと、骨折までは小さな怪我のようだが。
ラベイ先生というのは、兵達が知っているし、軍属の医者なのかしら? と思ったが、歯が専門というのはそぐわない感じもする。
ランベールさんが云った。「ところで、サシャ卿のことだが?」
「え?」
「なんだ、旅の者」
兵がうさんくさげにランベールさんを見る。ランベールさんは無表情だ。
「いや、王都が長いと云ったろう。サシャ卿の話は耳にしたことがある」
「ああ……」
「それがどうした」
「サシャ卿と一度でも会ったことが?」
兵達は頭を振り、どちらも怪訝そうにする。
ランベールさんはうっすら笑った。
「王都に居ると、無論遠くからだが、式典などで目にする機会があるのだ。サシャ卿は彼女のようなまっすぐな金の髪だった」
ついと女の子を示す。「色もそっくりだ」
兵達は少し、動揺したらしい。目が泳ぐ。
「そ……それくらいのことは証拠にならない。単に、似ているだけってこともあるだろう」
「似ているからこそ騙ったのかもしれぬ」
「どちらも一理あるな。だが、サシャ卿は華美さよりも落ち着き、派手さよりも、飾り気のない単純な、それでいて品のある格好を好むとか。してみると、彼女のドレスはよい仕立てだし、俗悪なものではない」




