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 ランベールさんは、わたしの手にごわついた紙を数枚握らせ、馬の具合を見始めた。読め、ということだろう。見てみると、不思議なことに文字は読める。魔法文字・表1とあった。

 魔法。

 ……魔法?

 聖女とか、招聘とか、魔法とか、なんとなくのっぴきならない情況なのは解った。これは、異世界転移、と云うやつではなかろうか。アニメで見たことがある。姉と一緒に。あれは、主人公は凄く強い男の子で、可愛い女の子がいっぱい出てきて、戦闘シーンがいっぱいあって……。

 魔法文字は、記号みたいなものだった。四枚あって、表4だけ読めない。

 ほかは、記号が書いてあるだけだが、読みは解ったし、意味も解った。

 表1には、(スプロ)とか、(クイ)とか。

 表2には、接続詞っぽいものがむっつだけ。

 表3には、動詞かな。

 どれも、意味は解るけれど、ひとつの文字に複数の意味があるのがほとんどで、ややこしい。(ツァ)は左という意味だけれど、左へ、左に、でもいいし、渦を巻け、にもなる。スプロも、太陽とか、熱源、灰、もあらわすみたい。魔法文字と云うからには、これをつかって魔法をつかうのだろう。


 馬はなんともなかったようで、ランベールさんはもう一度わたしを馬にのせ、手綱を引いてひろい道の上を移動した。ここでは頻繁に霧があらわれてはすぐに消える。気温は高くも低くもないし、湿度が特に高いようにも思えないのに、何故だろう。

 どうしてわたしを()()するのか、訊きたいけれど、こわい。紙を制服のポケットへ仕舞いこんだわたしは、両手で馬のたてがみを掴み、なんとかバランスをとる。遠くに川が見えた。多分、川。大河だ。

「体を強化されては?」

「え……」

「……差し出がましい真似をいたしました。乗馬に慣れていないご様子ですので、体を強化する魔法をつかってしのがれたらどうかと考えました」

 魔法ね。そんなものつかえたら、苦労しないんだけど。

 わたしはランベールさんのつむじへ向かって、おそるおそる云う。左巻きだった。

「魔法って……どうやってつかうんですか」

 ランベールさんがあしを停める。馬も停まった。ランベールさんは肩越しにこちらを仰ぎ、不審げに睨みつけてくる。「……魔法をつかえぬのか?」

 きつい口調だった。わたしは首をすくめる。ランベールさんはぷいと前を向いて、再び歩き出す。面倒そうに云われた。

「失礼、軍に居るもので、言葉が荒くなってしまいます。魔法文字を思い浮かべ、口に出せば宜しいかと。宙に書くと安定すると聴いたことがあります」

 多分、さっきランベールさんがやっていたように、魔法文字を何個か組み合わせてつかうのだ。語順はどうなるのかな。

 また、強い口調でなにか云われるのはいやだし、試してみるしかない。目を瞑って、さっきの紙に書かれていた記号を思い出す。どうしてだか、一度目にした、読める記号は、すっかり頭に定着していた。わたしは小さく呟く。「ティエレ・ビイ・ミィト?」

 途端に、揺れに対して体がぐらつかなくなった。体・を・強くしろ、と唱えたつもりだったが、巧くいったよう。

 ランベールさんがほっとしたみたいに息を吐いた。


 効果が切れたらかけ直す。その繰り返し。

 時折もやというか霧というかにまかれ、遠くの景色は煙っていて、鮮明には見えない。遠くに見えていた川が近付いてきて、船が見えて、桟橋も見えた。鎧にマントの集団が居て、大きな船の甲板を走りまわったり、荷物を運び上げたりしている。ランベールさんが停まった。わたしは抱え降ろされ、船を見上げる。大きな船だ。なにでできているのかしら?船体は黒っぽい。ところどころに金属らしい煌めきがあった。大きさは、フェリーくらい、かな。

 鎧の集団が走ってきた。鎧は白に金ライン。ランベールさんとおんなじ。

 整列した、と思ったら、一斉に跪いてわたしへ頭を下げる。「聖女さま」

「後にせよ。はやくこの地を離れねばならん。ほかの者は?」

 鎧集団が口々になにか云い、ランベールさんが頷いて、わたしを促す。「あめのさま、どうぞあちらへ。部屋は用意しています。お疲れでしょう。なににも煩わされぬようおやすみください。命ぜられれば我々がなんでもひきうけましょう」

 凄く丁寧な言葉遣いだけれど、大意は、船に乗れ、船室でやすめ、だ。そしておそらく、そこから出るな、も含まれている。

 わたしは手をぎゅっと握りしめる。他の子達はどうなったの? わたしはどこへ連れて行かれるの? あなた達は誰なの? そもそも、ここはなんなの? 異世界? 聖女って?

 そう訊きたいけれど、口が巧く動かない。

 ぐずぐずしているわたしに、鎧のひとりが云った。優しそうな、高校生くらいの男性だ。

「お連れの方々でしたら、すでに乗船済みです」

「あ……そ……ですか」

 ちょっとだけ呼吸が楽になった。よかった、みんな、無事なんだ。

 わたしは頷いて、船を仰ぐ。タラップがなかった。魔法で飛んでいけばいいのかな。そのほうが安定するようだから、宙を指でなぞる。

「ティエレ・パーズ・ライ」

 体・よ・上へ。

 体がふわっと浮いた。巧く行ったみたい。髪やスカートがふわふわするのは気になるが、スカートは手でおさえたらいい。

 浮いているのは変な感じだった。()()()。わたしは苦労して体の向きを制禦する。頭が重たいのか、何回かくるっと回転しそうになった。でも、なんとか浮き上がって、甲板の上で魔法を解除……したかったんだけど、浮きっ放しだ。どうしよう。それらしいのは……。「タァン?」

 魔法が解除された。タァンは、分解、と云う意味だ。魔法を分解する、みたいな意味にならないかしらと思ったら、巧く行った。突然魔法が途切れ、わたしは甲板へ向かって落下する。慌てて、身体強化の魔法をつかった。

 とんと、降り立つ。巧く行ってよかった。身体強化の魔法はとても役に立つ。ランベールさんは、たまに口調はきついけれど、役に立つことを教えてくれたから、いいひとなのだろう。

 甲板に居る鎧集団が、大口を開けてこちらを見ていた。わたしは、なんだろう、と考えて、すぐに理由に思い至る。誰かがタラップをかけていた。魔法で飛んで行くものだとの判断は誤りだったらしい。顔が熱くなった。


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