診療 2
ランベールさんの渋い顔といったら、柿渋でも飲まされたみたいだった。
わたしは云う。「あの、本当に、あの程度のことで殺してしまうのは、やめてもらいたいんです」
「……あめのさまの所為ではありません」
頭を振る。わたしが居たから、ああいうことが起こった。
「聖女さまを侮辱すれば死を賜る可能性がある。それは、憲章などなくともそうなのです。聖女さまは我らより圧倒的に大きな〈器〉を持っているのですから、不用意な発言で怒りを買えば、決まりがなくても……」
ランベールさんは低く云い、ふっと溜め息を吐く。「ですから、予防策なのです。憲章で、聖女さま御子さまへの侮辱が厳に禁じられているのは、我らの為だ。それを破るのだから、あれは救いがたい愚か者です」
解る気もする。突然招聘されて、もとの世界へ戻れないとなれば、気にくわない人間を殺すことで憂さを晴らす聖女や御子も居るだろう。ゲームの世界のようで、現実味がないと感じるひとも居るだろうし、ひとりきりで来たとか、一緒に来たひとが死んでしまったとかで、人質をとられていなければ尚更……。
だからといって、わたしはプロスペールさんを罰したいとは思わない。
お湯が冷めた。わたしは侍従達に命じてたらいをさげさせる。乾いたタオルで足を拭く。血が巡って、手まであたたまっていた。
膝を折って、スカート部分へ足を隠すようにする。タオルを侍従が持って、どこかへ行く。
「どうしても罰するのですか?」
「……聖女さまの晴れがましい舞台を、妙ないいがかりで穢したのです。ゆるすことは出来ぬかと」
「でも」
「しかし、殺すのはやめました。あめのさまが命ぜられたので」
わたしはほっと息を吐く。よかった。
ランベールさんは云う。「侯爵、男爵、官吏と協議しました。王太子殿下、陛下へ報告します。あめのさまの意向もともに伝えましょう」
それじゃあ、確実に助かるかは解らない。
でも、ほかに大勢ひとが居るところで騒ぎになってしまったし、報告しなかったらランベールさん達が咎められる。だから、報告しない訳にはいかない。
エドゥアルデさまに、プロスペールさんを罰しないでほしいと、お願いしてみようか。
ドゥピュイス先生が来て、ランベールさんが追い出された。先生はさっきとは別の湯薬をくれる。わたしはそれを口へ運び、問診をうけた。
「無理は宜しくありませんね」
「……無理をしたつもりはなかったんです」
「自分が疲れていることを自覚できないのは、余計宜しくないですよ。今夜から、寝る前にも散薬を服んでもらいます」
「はい」
素直に頷いた。ドゥピュイス先生は嚙んで含めるように云う。
「決して無理をしないこと。少しでも疲れを感じたら、大人しく休むように。……戦いのさなかでは、体の感覚は鈍ります。まだ大丈夫だと思っても、限界をとうにこえていることはあるのですよ」
「気を付けます」
「王都へ戻られたら、五つ葉の城ではまず医者の診察をうけるようにしてください」
ふっと顔を背けられた。「お体になんぞあって、殿下との婚姻に支障をきたすようなことになれば、大事です」
あまり聴きたくない話だった。わたしは俯く。
でもそれはわたしの仕事にはいるのだ。聖女の仕事に。




