波乱 1
ツェスブロン男爵が咳払いして、ランベールさんの傍まで行った。
「ラクールレル隊長? なにかあったのですか」
「……そちらの付添人が、聖女さまになんぞ、尋ねたいことがあると云う。聖女さまが寛大にも話を聴くおつもりのようなので、不必要に近寄らぬよう注意を与えたところだ」
「それは……かなり勇気のある付添人だ」
ツェスブロン男爵は、プロスペールさんへ目を遣る。「聖女さまのお耳にいれたいことがあるのだろう。云いなさい」
「……はい」
プロスペールさんはなんだか不満げだった。隣の少年がはらはらした様子で、プロスペールさんを見ている。
「王立病院で、聴きました。聖女さまは、宮廷の奥のお城で、ずっと過ごしておいでだったと……王都に戻ったら、またそのようにされるんですか? お城のなかで、安穏と」
「聖女さまはなすべきことをなす」プロスペールさんがすべて云い終える前に、ランベールさんが云う。「付添人の気にすることではない」
「でも」
「君」ツェスブロン男爵が声を低める。「それ以上不用意な発言をするのじゃない。付添人なら〈陽光の王国〉憲章は読んでいるだろう。分を弁えなさい」
「聖女さまは本当は戦っていないのだと云うひとも居ます」
次の瞬間になにが起こったのか、把握できなかった。
ランベールさんがツェスブロン男爵の手を掴もうとして投げ飛ばされ、ツェスブロン男爵はプロスペールさんの首を片手で掴み、飛ばされてもすぐに体勢を立て直していたランベールさんがツェスブロン男爵をはがいじめにしようとして巧くいかず、エルノアクス侯爵がランベールさんに加勢した。
それが一瞬で起こり、今はランベールさんとエルノアクス侯爵で、ツェエスブロン男爵の腕を一本ずつ掴んで、動きを制限している。
プロスペールさんはしりもちをついて、あおざめていた。色白の少年が、その傍に膝をつき、腕を掴む。
「エール、謝れ」
「謝る必要はない。憲章に従って、処刑すべきだ」
ツェスブロン男爵が云う。「なんという無礼であろうか」
「同意見だが、ここでやる必要はない。聖女さまの目に触れぬ場所は幾らもある」
「どう、どう、落ち着くんだ、アンデレ。師団長達と話していたので、なにが起こったのか解らんのだが?」
エルノアクス侯爵は困惑顔だ。ランベールさんが答える。「あの者が聖女さまを侮辱しました」
「侮辱? 女中に対するような態度でもとったのか?」
「聖女さまのお働きを疑うような発言がありました」
ランベールさんの苦い声に、ツェスブロン男爵が被せる。
「我々に対する侮辱でもあります。なんであれ、不正に手をかしたように思われるのは我慢ならない」
「うむ……慥かに問題発言だな」
エルノアクス侯爵が顔を向けると、従僕がとんできた。「官吏を。記録をとらせねばならない。アンデレ、幾らそのような侮辱があったとて、正式な手続きを踏むのがこのような場合正しい。どのような発言があり、どうして問題視され、なにをもって処刑に値すると判断し、いかにして刑が執行され、遺骸がどう処理されたか、きちんと記録しておかねば」
「……解りました」
ツェスブロン男爵が項垂れ、侯爵とランベールさんは腕を解く。処刑……処刑?
プロスペールさんが、処刑される?




