後衛にて 3
火のついた矢が一斉に飛び出した。
目で追う。空が明るいから、火がついたままかどうかはよく見えない。目が眩み、涙がにじむ。
矢は、数秒後には、目標辺りへ落ちていた。わたしは首をねじるみたいにしてそちらを見る。リザードマンが慌てている。けれど、油はすぐには燃えない。リザードマン達は、火矢を拾って、油へ火が移るのを防ごうとしている。
ランベールさんが腹の底から声を出した。「用意!」
弓兵達が、花びんのような矢筒から矢をひきぬいて、つがえる。矢筒は金属製だけでなく、陶製もあった。
初年兵達が火をつけてまわった。「かまえ!」弓隊は、燃えるやじりの矢を、きりきりとひきしぼる。
「放て!」
火矢が宙を舞う。リザードマンの数は少なく、火矢は多く、目標地点はすでに油で塗れている。一度火がつけば、消すことは難しい。
それにしても天候に恵まれたなと、油を出すのをやめ、衛生兵達のところまでさがったわたしは思う。
今日は風が拭いているし、日差しが降り注いでいる。なにかを燃やすのには格好の日だ。
リザードマン達の陣は、燃えていた。まだ、燃えさかる、という程ではないが、消火に手間どりそうなくらいには火の手があがっている。魔導士リザードマンが居れば、どうにかして消火できたのかもしれないが、居ないのだからどうしようもない。リザードマン達はそれでもなんとかしようと、火矢を拾っていたが、焼け石に水である。
弓隊はまだまだ火矢を供給し、投石機もわたしのつくった油を投げ続けている。火矢の扱いを誤って火傷した兵や、火矢に火をつける際に緊張のあまり大火傷した初年兵、盾同士がぶつかって転んで脚を折った盾兵達などが運ばれてきて、わたしは治療に参加した。ほとんど戦いになっていないような情況だが、それでも怪我人は出てしまう。
医者と付添人は、わたしが治療に参加するのをいやがっていたみたいだったが、そんなことは関係ない。わたしはやることがないのだ。そして、やることがないからといって、お先に失礼します、と帰る訳にいかない。なにしろ、戦いの旗印である。
「愚かなことだ。出てきました」
コランタインさんがぽつりとこぼす。わたしも見た。リザードマンは撤退をよしとせず、総力戦を選んだらしい。炎のなかから飛び出して、こちらへ向かってくる。
撤退するのを追いかけて殺すのは楽だし、こちらの被害は少なくてすむが、リザードマンを一匹もらさず殺すことは実質不可能だ。
少数でも生き延びれば、そこからまた数を増やし、大軍をつくることは、無理な話ではない。だから、ことここに至ればリザードマンは撤退すると思っていた。それはコランタインさんも同じなのだろう。愚かと評したのだから。
指揮官と思しいリザードマン、が解った。服装が違う。ひとりだけ、緑色のものを身につけている。鎧の下に、緑色の服を着ているのだ。鎧自体も、ほかのリザードマンとは違い、きらきらと白金に煌めいている。
それから、冠をつけていた。金のわっかだ。上部が波打ったようになっている、単純なつくりで、宝石はつけられていない。
持っているのが武器と盾なのは、ほかのリザードマンとかわらない。武器は、幅の広い、反った剣だった。
エルノアクス軍が鬨をあげた。




