夜襲再び 3
ツェスブロン男爵がそんなに無茶苦茶をするひととは知らなかった。慥かに、戦場だとひとが変わったようになるけれど。
「けれど、門が閉まっているから、戻ってこれないではないですか?」
「戻るおつもりがないのです。敵を殺しながら戦線を突っ切り、ご自分の本営へ行って、援軍をつれて戻ってくると仰せだったそうです」
ぽかんとしてしまうところだった。成程、それなら多少は安全だ。しかし、一騎当千の強さがないとつかえない策である。端的に、非常識だ。それで巧く行くのならいいけれど……大丈夫なのかしら。
ある程度スニーキーワームを弱らせることができたか、弓隊が射撃を始めた。わたしがここに居ると聴きつけたのだろう、聖女護衛隊が五人、それに宴に随行させていた侍従達がやってきた。侍従達は非戦闘員なので、防壁にはのぼらない。下で、弓矢の生成を手伝っているらしい。
聖女護衛隊は、光の魔法で防壁の上を照らした。リザードマンには弓隊が居ない、もしくはすでに撤退したと判断され、より明るくするよう指示が出たのだ。明るくなると作業効率は上がるし、下のほうはくらいから、目が眩む。
ナタナエールさんが熱湯を大鍋に出している。得意なだけあって、わたしよりも断然スピードがはやい。スニーキーワームは熱で体が縮むと、攻撃しても毒液が飛び散りにくくなるので、口のなかを狙えない場合はこうやって先に熱湯やなんかをかけるのだそう。
弓隊が射撃を始めたのだから、次は矢が不足するだろう。わたしは、補給部隊から〈雫〉をもらって、外の防壁へと駈けていく。王領警備部隊とは教育要綱が違うのか、魔導士達は外の防壁の上に立ち、弓隊の近場で矢をつくっていた。
外の防壁は不気味に振動していた。リザードマンか、スニーキーワームが攻撃しているのだろう。スニーキーワームは相当に体が大きかったから、ぶちあたられたらダメージも大きい。
初年兵と思しい少年達が、矢を拾い、ぎこちない手付きで束にしている。少しだけ年嵩の兵が、矢束をもって弓隊へ運ぶ。壊れた弓を修理している魔導士も居た。縦にしてつかうタイプだが、王領警備部隊の弓とは形状が少し違う。どちらにせよベアボウだ。サイトはついていない。
わたしが魔導士達の傍へ立つと、魔導士達は一旦かしこまってお辞儀したが、すぐに作業に戻る。初年兵達は緊張したか、動きが尚更ぎこちない。
わたしはタングステンのやじりの矢をつくり、右手へ持った。それを複製する。兵がそれを拾い集め、矢束にしていった。「わたしがつくった矢は別の矢とまぜないように」
同じ矢束で重さの違う矢があると混乱する。だからそう云った。
兵は頷いて、わたしの指示通りにする。矢束はすぐに積み上がり、別の兵がそれを弓隊へ運んでいった。
防壁が大きく揺れた。
石が崩れる音がする。とてもいやな音が。
リザードマンにしてもスニーキーワームにしても、賢いようで、一点突破を狙ったらしい。弓兵やそれをまもる盾兵、リザードマンが防壁をのぼってきた時に備えていた剣士達が、もの凄い勢いで駈けてくる。防壁の一部がぐらぐらと揺れ、崩れはじめた。
わたしも、場所を譲る為に移動する。直後、わたしが今まで立っていたところが揺れ、傾いで、矢が滑り落ちていった。
最後まで矢を拾おうとしていた兵が滑っていく。




