船上の夜 4
兵達が、帆を張りはじめた。船は、帆柱が三本、ひとつの帆柱に複数枚マストがある。さがっているロープを、大きなカニカンみたいなもので、どこかへ固定するらしい。仕組みがよく解らなかった、
霧はもうない。わたしはハーブティーをすすり、帆が次々張られるのを見ている。
「やはり、あなたの〈器〉は別格のようだ」
ランベールさんが呟くように云った。「魔力をとりこむ速度が上がっている。サーペントから〈器〉をすべて奪ったのだろう」
〈器〉を奪う?
仰ぐ。ランベールさんは、わたしが意味を理解していないと気付いたか、一瞬顔をしかめた。
〈器〉は、天性のものがほとんどだけど、大きくなる。
「例えばわたしが、生まれつき、100の魔力がはいる〈器〉を持っているとします。同じ、100の〈器〉を持つ化けものを倒したとしましょう。殺した場合、双方が100ですから、最大で100、〈器〉の容量が増えます」
……経験値、とか、そういうのなのかしら?
ランベールさんはむすっとしている。
「ただし、そこまで奪えることは現実にはあり得ない。あるとしたら、余程の幸運の持ち主です。最大値は、自分の〈器〉の最大値ですが、最小値はゼロ。ほとんどが、自分の〈器〉の半分も奪えない。先程の例えなら、精々3か4でも奪えれば、巧くいったと大喜びです。しかし、自分の〈器〉がもっと大きければ、奪える〈器〉も大きくなる。あなたはもともと、〈器〉が大きい。ですから、サーペントから〈器〉をすべて奪えたのではないかと」
よく解らないけれど、……掛け金が多かったら、リターンも多い、みたいなことだろうか。もしくは、水がより多くの水に合流しようとする、あの感じ。
言葉を選んだ。
「えっと。それって、どうやって判断するんですか。どれくらい奪えたか……」
「下位コンバーターで計測できます」
上位があれば下位もあるということか。チェストみたいなやつのことかな。
ランベールさんは渋面。
「下位コンバーターは、持ち運びができません。なので、船へ積むこともできませんでした。王宮には下位コンバーターがありますし、宮廷魔導士に魔法を教わる際に、計測されるでしょう」
「……解りました。おしえてくれて、ありがとう」
ランベールさんはくいと軽く首を傾げ、すぐに戻す。
帆が開き、風をうけた。ぎしぎしと、軋む音がして、わたしはびくっとする。今にも船が壊れそうな音に聴こえたから。
でも、心配はなかった。船首が少し浮き上がる。碇を上げたのだ。
船がゆっくり動き始めた。風は強くはない。おそらく、オールもついているのだろう。
船の揺れは少ない。酔うおそれは低いように感じた。仮に酔っても、身体強化の魔法でなんとかなるのじゃないかしら。
甲板は濃い茶色の板張りで、帆は白っぽい。かなり大きな船だが、大河なので違和感はなかった。これは、王室護衛隊の船なのかな。
「そろそろ部屋へお戻りください」ランベールさんが云った。「疲労がたまると、魔法をつかった時の魔力の消耗が激しくなる」
わたしはランベールさんを見て、小さく頷く。ランベールさんは明らかにほっとする。
わたしはからになったマグをナタナエールさんへ返し、上を見て、灯をおろした。
ランベールさんと、ナタナエールさん、ツェレスタンさんに囲まれて、階段を降りる。マントは絹で、触り心地がいい。
部屋へ戻ると、ランベールさんが窓を少し開けた。換気して、すぐに閉める。こういうところを見ても、なんというか、きっちりしたひとだ。
わたしは灯を、部屋の天井付近で静止させる。そうしておこうかと思ったが、火事、が頭を過り、下ろして、分解した。
わたしがベッドへ腰掛けると、ツェレスタンさんが出て行った。ランベールさんは扉の錠を下ろす。鍵は二本以上あるのだ。当たり前だけれど。
ナタナエールさんが、ドレッサーのなかから、金属製らしいお皿をとりだし、上に置いた。手をかざしてぶつぶつ云うと、お皿の上にてらてら光るものがたまる。ナタナエールさんは、そのなかに、布の切れ端みたいなものを沈め、火をつけた。すると、ふんわりと、甘い匂いが漂ってくる。お香みたい。
火の始末の心配は要らない。わたしを見張るついでに、ふたりともちゃんと火の具合も見てくれるだろう。




