船上の夜 3
目を開けると、王室護衛隊のひと達も、立ち上がって頭を垂れていた。ランベールさんは、上位コンバーターをぎゅっと握りしめている。
ふっと影が差した。誰かがあっと驚いた声を出す。「〈万華〉だ」
皆、空を見た。わたしも見る。
星が、一部遮られて、見えなかった。飛行機?
凄く近くを、飛行機が飛んでいる、みたいに見える。それにしては、音がしない。
兵達の半数以上が片手をまっすぐ上げて、手を目一杯ひらいた。何事かと、わたしはきょろきょろする。
ランベールさんがわたしの顔を覗き込むみたいにした。わたしは160cmくらい、ランベールさんは180cm以上あるから、かなり腰か膝を曲げただろう。
マントがさらっと揺れた。
「あれは、飛翔都市〈万華〉です。ここよりずっと北、世界の北端にある、〈底なし海〉の上空に居ることが多い。この辺りで見かけるのはめずらしい故、兵らはああやって幸運をとどめようとしている」
「ひしょう……ういてるんですか。空に」
「〈万華〉は土台と城壁、至るところに魔法文字が刻まれています。この物体を飛翔させよと」
……魔法文字は、彫っても効力があるんだ。
ランベールさんは付け加えた。
「安易にものに魔法文字を書かないように。それから、声に出してはいけない、危険な組み合わせがあります。時間と場所に関する魔法は、宮廷魔導士に教示をうけるまで、お控えください」
頷いた。危ないのなら、やらない。
ランベールさんは満足そうに頷き、空へ手を伸ばして目一杯開いた。手を下ろしたままだった兵達も、それを見ていそいそと手を上げる。
わたしは、遠いのか近いのかいまいち解らない、ぼんやり光っている部分のある、機影っぽいものを、ただ見詰めた。
そう長い時間は経たず、影が動き、〈万華〉は月の方向へ動いて、見えなくなった。
風で霧が運ばれてきた。しかし、すぐに消えてなくなる。
わたしが飽かずに月を眺めているからか、ランベールさんがマントを脱いで、わたしの肩に着せかけた。
ランベールさんが低声で云う。
「体が冷えてはいけません」
仰いだ。ランベールさんはわたしから目を逸らさない。
わたしはこっくり頷く。「ありがとう」
ナタナエールさんが、あたたかい飲みもののはいったマグを持ってきてくれた。ハーブティーだ。
ゴブレットを分解した。兵が数人、息を吐く。
お礼を云ってハーブティーをうけとり、口をつける。カモミールと、ローズマリー、スペアミントの香り。主体はカモミールで、ローズマリーとスペアミントはほんの少し。それに、こしょうもちょっとだけはいっているみたい。かすかに辛くて、体があたたまる。
ほっと息を吐く。甘くないのも嬉しい。口のなかがさっぱりする。
「お気に召しましたか?」
わたしが頷くと、ナタナエールさんはにっこりする。「それは、隊長が」
「ナタナエール。無駄口を叩くな」
ランベールさんがぴしゃりと云うと、ナタナエールさんは首をすくめて黙った。
わたしは、月明かりで見える兵達を、観察する。みんな体格がよくて、姿勢がぴしっとしている。それから、女性も四人、居るみたいだった。ここに全員が出てきている訳ではないだろうから、もっと居るのかもしれない。
男性は、みんな綺麗にひげを剃っていて、髪は短いか、括っている。ランベールさんだけ、せなかの半分程まで伸びた黒髪を、結いもしていない。
女性は、ポニーテールをみつあみにしたのがふたり、ひっつめているのがひとり、きつく二本みつあみにしているのがひとり。四人とも、金のヘアピンや、金の控えめなアクセサリをつけていた。
それから、女性は外套の形が少し違う。男性より、裾が少しだけすぼまった感じだ。そして、腋の下から裾まで、かごめみたいな模様の金ラインがはいっていた。
全員、二十歳から二十五歳、くらい。ツェレスタンさんや、ナタナエールさん、女性のうち三人は、高校生と云われても違和感はない。
化けものは沢山居るらしいから、その被害で、兵のいれかわりが激しいのだろうか。エーヴェさんが死んでしまった時も、みんな、それを悼んではいたが、わたし程大きくショックをうけたようではなかった。ひとの死を見過ぎると、慣れて感覚が麻痺してくるのではないかしら。
それに、仲間の死を直視したくはないだろう。次は自分かもしれないから。




