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船上の夜 2


「元気そうですね」

 目を遣る。ランベールさんだ。「早速、そのような高度な魔法をつかっている」

 ひとりじゃないからいいじゃない、とは、云いたいけれど云わなかった。わたしは軽く頷いて、光を指さし、くるくると指をまわす。「ルオ・パーズ・ツァ」

 光はまわり始めた。わたしから見て左方向にだ。

 ランベールさんがわたしの腕を掴み、停めた。わたしは力をぬいて、腕を降ろす。ランベールさんが手をはなした。顔を背ける。

 霧はだいぶなくなっていて、甲板に居る兵達の姿が徐々にはっきりしてきた。二十人近く居るようだ。わたし同様、魔力の補給だろう。

 ナタナエールさんも居た。マーリスさん、ツェレスタンさんと並んで、ぴしっと仁王立ちしている。

 そちらへ歩いて行った。「あめのさま」ランベールさんがついてくる。

「ナタナエールさん」

 ナタナエールさんはびくっとして、その場に片膝をつく。わたしが頭を下げると、まわりの兵達が皆、片膝をついた。

 頭を上げる。「失礼な態度をとりました。ごめんなさい」

「……は……?」

 ナタナエールさんは、わたしを見て、大きく口を開けた。わたしは両掌を見る。

「ルシャ・サファア・レイ・ビイ・ナアム?」

 考えて口に出した呪文は、適切だったよう。手の上に、不格好だけれど、ゴブレットがあらわれた。考えた通りなら、ステンレス製。

 目をまんまるにしているナタナエールさんの鼻先に、ゴブレットをさしだす。「白苺酒。もらえますか」

「……勿論です!」

 ナタナエールさんは嬉しそうに、ゴブレットを両手で持ち、ぶつぶつとささやく。すぐに、ゴブレットが液体で充ちた。

 わたしはゴブレットを返してもらって、おそるおそる口をつけた。甘い。苺と云うよりココナツのような香りで、味はうすい。けれど、アルコールはアルコールだ。

 そっと、ゴブレットの側面に、毒をとり除け、と魔法文字を書きながら、自分にだけ聴こえる声量で云った。

 途端にアルコールが消え、味のぼんやりしたココナツジュースのようなものになった。とても便利だ。


 ゴブレットをからにした。頑張って笑顔をつくる。「ありがとう」

「いえ……こ、光栄です……」

 ナタナエールさんは何故か激しく頷いた。わたしは首を傾げる。ツェレスタンさんがはやくちで云った。

「あの、聖女さま、自分は服をつくることができます。隊長から、聖女さまのお召しものをつくるよう仰せつかっていて、あの。聖女さまには、明るい黄色や、金が似合うと……」

 やわらかく風が吹いて、霧が完全に晴れ、大きな月が出ているのが見えた。それはもう、常識外れに大きい。花模様のクレーターがくっきり見えた。大輪のコスモスがみっつ咲いているみたいだ。

 思わず、わあ、と、はしゃいだ声をあげてしまった。月は金色。星は、赤、青、白、黄色、緑、紫、オレンジ、色々。

 湿気を含んだ風がまっ正面から吹きつける。目を細めた。心地いい。

 紫の星がきらきらしていた。死んでしまった、エーヴェさんの、瞳の色。エーヴェさんはとても若く見えた。二十歳くらいで、灰色の髪、鼻と頬骨の辺りに散ったそばかす。

 ゴブレットを胸に抱え、目を瞑って、紫の星へ頭を下げる。

 祈り、と云える程のものではない。ただ申し訳なかった。聖女を確保する任に就かなければ、あのひとは死ななかったかもしれない。ごめんなさいと、胸の裡で云う。

 自己満足だ。


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