船上の夜 1
気分が悪い。
目が覚めて、ベッドのそばに置いてあったくつにあしをつっこみ、浴室へ駈け込んで、顔を洗った。髪が濡れるのもかまわずに、しつこくごしごしと。
まだ、蛇の匂いがしている気がする。体液でひきつった肌の、あの心地ときたら、気色が悪くて。
息を整える。浴室にも、はめ殺しだが窓はある。外はくらい。もとの世界の常識が通用するのなら、今は夜だ。
ノックの音がした。「聖女さま」
「……はい」
手で顔を拭う。髪は魔法で乾かした。「ブェト・ルオ・ビイ・メット」
弱い光をあらわせ。
魔法は便利だ。何十年もつかってきたみたいに、息をするみたいに、簡単につかえる。
掌に、ふわふわとまあるく耀く光をのせて、移動した。淡いオレンジ色で、小さな太陽のようだ。
部屋には、ツェレスタンさんと、傷痕のひと――――マーリスさんが居る。わたしに声をかけたのは、ツェレスタンさんだ。
ツェレスタンさんはかしこまって、胸に手をあててお辞儀をする。
「お加減が宜しくないので……?」
小さく頭を振った。ツェレスタンさんはほっとしたみたいで、微笑む。「今、外は魔力が凝って、なにも見えない程です。魔力の|恢復《かいふく》にお越しください」
はい、と云って、ツェレスタンさんについていった。マーリスさんはわたしの後ろを歩く。逃げられないようになのか、まもる為なのか、どちらだろう。
掌の星は少しだけあたたかい。
「あの?」
「はい、聖女さま」
「阿竹くん達、大丈夫ですか」
眠る前は、怒っていたのと亢奮で、阿竹くん達のことを忘れていた。船室に居たみたいだから、大丈夫だろうとは思うけれど
ツェレスタンさんは一瞬振り返る。微笑んでいた。
「大丈夫です。怪我はしていません」
よかった。大きな音もしていたし、揺れただろうから、こわかったとは思うけれど……死ぬよりはずっとましだ。
「聖女さまはとてもお優しいですね」
「え?」
「ツェル」マーリスさんが云う。「聖女さまに対するものいいではないな」
「あ。失礼しました」
ツェレスタンさんが振り向いて、頭を下げた。頭を下げてお詫びする、のは、この世界でもそうなのか。
気にしていません、と云うと、ツェレスタンさんは首をすくめ、階段をのぼっていく。この船はどういう構造なのだろう。
階段の中頃から、霧が多くなってきた。甲板に出ると、慥かに視界が悪い。手を伸ばすと指先さえまともに見えなかった。
船は停まっているみたいだ。慥かに、この濃霧では、下手に航行したら大変なことになる。
「ナタナエール、隊長を」
「ああ」
傍にナタナエールさんが居たみたいだが、見えなかった。あのひとに対しては、子どもっぽい振る舞いをしてしまった。かなり失礼だったから、謝っておきたい。
霧がうすまり、風が吹いてまた濃くなる。マーリスさんがぼやく。「これじゃあ身動きとれないぜ」
「この辺りは玉貨鉱床があるから、魔が凝りやすいところだって聴きました」
光を掲げ、空を仰ぐ。霧で見えない。
目を瞑って、息を吸った。深く。冷たくて甘い空気が、気管と肺に染みる。
目を開けた。霧は少しだけうすくなって、星が瞬いているのがかすかに見える。星座はもとの世界と違うみたい。当然と云えば当然かしら。
「ルオ・パーズ・ライ」
光よ上へ。
掌の上から光がふわっと浮いた。わたしの頭上、3mくらいのところで、ゆらゆらしている。浮かべ、ならカァオだけれど、あれはどうも、水に浮かべ、のような感じがしたから、ライを選んだ。
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