疲労 2
捨ててもいいみたいだった。勿体ないけれど。
促されるままコットンフランネルを渡す。従僕はそれを、目の詰まった小さな麻袋へ回収した。「聖女さまくらいの歳のご婦人には、やはり、ひとりは侍女をつけませんと……どうぞ、そちらをお召し上がりください」
「……これは?」
「アマランサスの実と葉を煎じ、漉したものです。ご婦人の不調には、とりあえずはそれを。ああ、飲みやすいように、はちみつと甘草を加えてあります」
それはありがたい。
わたしはマグに口をつけ、あおった。従僕はでていき、すぐに戻る。今度は、〈雫〉でいっぱいのゴブレットを持って。
からになったマグを返し、ゴブレットの中身を飲もうとした。唇へあたって弾ける。
従僕は目を細めている。わたしは身体強化と恢復の魔法をかけ、漸くと痛みから解放された。長々と息を吐く。
「専属の魔導士に、きちんといいつけるべきです。彼らは従僕でも侍従でもない。つまり、気が利かないのです」
「……いつもはこんなふうではないので」
「なら、尚更。聖女さまは我が国の重要人物です。いえ、世界の、でしょうか。そのようなお立場では、重圧は途方もない。調子を崩すのはいたしかたのないことでしょう。それでも、不調は、まわりの者らで幾らか取り除けます。こういった」マグを示す。「薬用植物を煎じたものなどによって」
いたずらっぽい笑顔に、わたしはちょっとだけほっとして、頷く。
従僕は、マグとゴブレットを手に出ていく。わたしは深呼吸を繰り返す。あのひとは、とても気が利くし、まるでひとの頭のなかを覗けるみたいだ。どうして侍従になっていないんだろう。
恢復魔法をもっとかけて、落ち着いたと思えたから、廊下へ出た。
コランタインさんとマーリスさんが不安そうに立っていて、わたしが出てくるとほっと息を吐いた。コランタインさんは、拾ってくれたのか、わたしのマントを握りしめている。「あめのさま」
「具合がよくないのですか?」
「まあまあです」
いいとは云えないが、怪我でも病気でもない。
ふたりは困ったように目を交わし、それからコランタインさんが云う。
「隊長が、今夜はもう戻って、お寝みになったほうがと」
「今、男爵と話しています」
もう帰れるのなら嬉しいが、ツェスブロン男爵に悪いのではないだろうか。それに、ご飯の後のお祈りもある。ごく簡単なものだけれど、やらずに帰るのは失礼なのでは……。
わたしはふたりを交互に見る。
「食後のお祈りが……」
「心配ありません。あれはしなくてもよいものですから」
そうなんだ。そんなことも、なにも知らない。誰かに教わって、はやく覚えないと。
別の従僕がマグを運んできた。先程のものと中身は同じだ。お礼を云って口をつける。
マグが空になる頃、ランベールさんが来た。渋面だ。
「あめのさま、今夜はしっかり寝んで戴きます。明日はこちらから打って出ることはありませんから、明日も」
「え、でも」
「とにかく、眠ってください。ツェスブロン男爵が馬車をかしてくれました。こちらから外へ出られます」
ランベールさんは手で示し、わたしを促す。わたしは戸惑っていた。慥かに、食事の最中に飛び出したのだし、心配をさせたのは解る。けれど、相当……必要以上に心配されている気がする。
「挨拶くらいは」
「必要ありません」ランベールさんは一言でわたしの反論を封じた。「こちらへ」
どうやら帰るしかないみたいだ。わたしは頷いた。




