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憤り 3


 暫く間があった。わたしはランベールさんを見ている。

「……話は後でしましょう。今は(やす)んでください」

「いやです」

 目が合う。

 ランベールさんはゆっくり、戻ってくる。手にした鍵、この部屋の鍵を、ランベールさんはわたしに見せた。

「これがないとあなたは部屋から出られない。それは理解できるか」

 返答はしない。ただ、ランベールさんを睨む。

 ランベールさんは鍵についた紐を、剣の柄へひっかけた。「条件をのむならこれを渡す。好きに出歩いてかまわない」

 わたしはなにも云わない。

 ランベールさんは上体を屈め、ベッドへ片手をつく。間近で睨み合う。

「聴く気がないなら条件を云わない」

 それは嘘だ。

 わたしはある程度、理解していた。わたしの魔法の威力はなかなかのものだ。多分、扉くらいなら吹き飛ばせる。いや、分解(タァン)、とやればいいのか。そうしたら扉は分解される。

 ランベールさんは質のいいエメラルドみたいな、透き通った緑の目でわたしを睨み続ける。けれど、わたしは目を逸らさない。相手が剣を持っていようと、関係ない。なにか云ったら交渉は巧く運ばない気がしたから。


 何分かの睨み合いの後、ランベールさんが姿勢をただした。わたしは口を噤んでいる。

 ランベールさんは、ぽいと、こちらへ鍵を投げた。ベッドに落ちたそれを、わたしはすぐには拾わない。なんにせよ、いざとなれば魔法があるのだから。

「危なくなったら逃げる。魔力を消耗したら素直に休む。ご友人達とは会わない。理解できましたか、聖女さま」

 それくらいの条件なら簡単だ。わたしはランベールさんから目を離さず、右手で鍵を拾う。

 ランベールさんは、ほっと息を吐いた。

「あなたは信じられないくらい強情だ。聖女さまらしくない……」

「……そうですか」

 声が掠れた。軽く咳払いする。聖女らしくないなら、聖女ではないのだろう。どうでもいい。

 わたしは鍵をもてあそぶ。紐を指へ巻きつける。ランベールさんが呻くように云う。

「何故、戦いたいのですか。聖女さまは、もとの世界へ戻りたいと泣き、化けものをおそれて泣き、戦いたくないとだだをこねるものだと思っていたが」

「……泣いたら戻れるんですか。あなたは、目の前で誰かが殺されそうなのに、助けないの?」

 もとの世界へは戻りたいけれど、泣いたってどうしようもない。泣いてどうにかなるのなら泣いている。

 あの蛇はこわかったけれど、目の前でひとが死にそうになっていて、自分にどうにかできるだけの力があるのなら、無視はできない。

 戦いたくはないけれど、わたしが魔法をつかって戦うことで誰かが助かるのなら、戦う。

 できないことはやらない。でも、できることなら、できる限りやる。ひとが死ぬなんていやだ。こわい。


 ランベールさんはふんと鼻で笑った。

「あなたを見誤っていました。しかし、わたしの意見も聴いてもらいたいものだ。あなたなら、年端も行かぬ娘を戦いに参加させるのか」

 言葉に詰まった。云い返せない。

 ランベールさんはちょっとほっとしたみたいで、表情を和らげた。

「解ったら、その手をなんとかしてください」

 手……?

 ランベールさんが片膝をついて、わたしの手をとった。開かれた左手を見てぎょっとする。爛れていた。火傷だ。

 気付かなかったのに、見たら途端に痛くなってきた。ひりひり、じわじわ、痛い。

 ランベールさんが、魔法で治療してくれる。

「初めからこうするのだった。しかし、こちらも魔力を消耗していたのでな」

「……ごめんなさい。ありがとうございます」

「いいや。……聖女さまをまもる任に就きながら、このような怪我を負わせたのは、わたしの責任です」

「え、あの、これ、わたしが、火をつかったから」

 ランベールさんはかすかに笑みを浮かべる。「何度か練習すれば、手を焼かずに火を扱えるでしょう。だが、我々が居る時にしてもらいたい。船を燃やされたらたまりませんからね」

 わたしは首をすくめ、はい、と云った。


 体を横たえる。やわらかいブランケットを被った。ランベールさんは、レースのカーテンの、片方だけタッセルを外す。それから、背を向けた。

「その色は似合わないようです」

「……はい?」

「あなたの髪や目の色には、そのドレスの色は合わない。兵達が落ち着いたら、もっとまともなものをつくらせましょう」

 ランベールさんは俯く。「あなたの年齢で、考えるのは、普通そう云うことでしょう」

 いいひとなのかな、と、思った。いや、多分いいひとだ。

 わたしは手の甲を額へ押しつける。ありがとう、と云ったが、声が酷く掠れた。

 ランベールさんは、扉を開けて、廊下へ向けてなにか云った。わたしは息を吐いて、深く吸う。

 眠った。


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