戦場の宴 5
男性陣は、再び、化けものの話だ。わたしは、侍従が持ってきたゴブレットをうけとって、水を飲んでいる振りをする。こうしていれば、話さなくてもいいし、話しかけられる可能性も減らせる。もし話しかけられたら、なんと云っていいのか解らないのだもの。聖女がとんちんかんなことを云うのは、兵らをがっかりさせるだろう。
玄関広間から風が吹き込み、髪がなびいた。わたしは片手でそれを押さえ、風がやむと手で軽く整える。
視線を感じて見遣ると、師団長のひとりだった。赤面して目を逸らしてしまう。相当若いし、女性に慣れていないのかしら。
エルノアクス侯爵が笑う。「まるで秋の花のようだ」
「侯爵」ランベールさんが嚙み付くように云った。「喋る言葉には、気を付けなすったほうが宜しいのでは……」
「む、それもそうか。ラクールレル隊長、今のは内密に。アンデレ、君も口を噤んでいてくれるか」
ツェスブロン男爵が頷いた。なんの話なのだろう。
暫くすると、別のグループのところへ行って、また置物になる。
師団長達は、五割くらいは二十代後半。まだ十代のような男性が四割。残り一割が、三十代前半から、四十代にさしかかろうか、くらい。総じて、若い。
十代に見える師団長達は、わたしが近付くとそれは動揺する。やっぱり、女性に慣れていないのだろう。わたしは黙っていて、誰か目が合うと、つい会釈しそうになり、ごまかす為に微笑む、と云うのを繰り返していた。
何故だか知らないが、段々とランベールさんが不機嫌になっていく。それに比例して、ツェスブロン男爵はびくつく。エルノアクス侯爵は、そんなことにはまったく気付いた様子はなく、にこにこして師団長達を激励している。「これはこれは、クエンティン、久々に顔を合わせた気がするぞ。そうか、君もとうとう師団長だったな」
「はい、閣下。今回が、師団長になって、初めての戦闘です」
「そうか……まあ、頑張り給え。いや、わざわざそんなことを云う必要はないな。今度は聖女さまも居てくださるのだし、心強かろう?」
若い師団長は頷いて、こちらをちらちらとうかがう。わたしは会釈のかわりに微笑んで、頷いた。士気の為だ。しかし、相手は赤くなる。
けれど、すぐに血の気を失って、目を逸らしてしまった。なにかに怯えているみたいだ。
「あめのさま」ランベールさんが低声で云う。「あまり、兵に気易くされぬよう」
目を遣る。ランベールさんは仏頂面だ。師団長のひとりを睨んでいた。……ランベールさんに怯えているのか。
低声で返す。「気易くなんて……」
「気易くしています。あのように微笑みかけて」
「ランベールさんは、こわい顔をしています。睨んだりして」
「わたしは……これが普通の顔です。睨んでなどいません」
そんなことはない。ランベールさんは、優しい顔で微笑むこともある。にっこりすることだって。わたしや聖女護衛隊だけと一緒に居る時は。
でも……ランベールさんは、職務を全うしようとしているだけ、かもしれない。わたしに、女性を近寄せないこと。それと、わたしが王家の男性以外と、不適切な関係にならないように気を配ること。
すっと頭が冷えた。小さく頷き、低く云う。「ごめんなさい。気を付けます」
「……解って戴けて、よかったです」
ランベールさんはそう云ったけれど、なんだか不機嫌な声なのはかわらなかった。




