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憤り 1


 最低の気分だ。


 ランベールさんはわたしを浴室へ放り込み、怒ったみたいに云う。「湯をつかってください」

 言葉が出ない。床に這いつくばって、仰ぐと、ランベールさんはぷいと顔を背け、ばんと扉を閉めた。

 蛇の体液は、乾燥して、ぱらぱらとこぼれてきた。えごま油と魚醤とぬか床をまぜたみたいな匂いがする。


 ひとが死んで、まずやることが、お風呂?


 いらだちのままに床を殴りつけた。その勢いで立ち上がり、服を脱いでいく。お湯を出すのは疲れないけれど、服をたたむ気力はなかった。浴槽にお湯をため、そのなかに沈み込む。息が苦しくなるまでそうしていた。

 栓をぬく。

 なんだか解らないけれど泣いていた。意味が解らない。ろくに知りもしないひとじゃないの。どうして泣く訳。

 泣く権利があるとでも?

 もう一度お湯をため、生臭くてべたべたする蛇の体液をせっけんで洗い落とす。お芋を切った時に出てくる汁みたいに、一度洗っただけではぺたぺたがとれなかった。二度、三度、と、しつこく洗う。せっけんのいい香りと生臭さがまざって、気持ちの悪い匂いになる。


 扉が開いて、ランベールさんが這入ってきた。ランベールさんは泡だらけのわたしのほうを見ず、浴室の隅にあった衝立を移動させ、視界を遮る。わたしはじっと衝立を睨む。扉を開け閉てする音がした。

 数回洗うと匂いもぺたぺたもとれた。吐き気がしている。

 冷たい水で全身洗い流し、タオルで体を拭う。浴槽には熱湯を流した。熱湯だって冷水だって出せる。

 胸が悪い。

 脱ぎ散らした服はなくなっていた。戸棚に手をつっこんで、掴んだものを着る。絹の下着と、絹のドレス。濃紺で、金糸のぬいとりが施され、体の線がはっきりしない、ゆったりした仕立てだ。

 くつははかなかった。

 頭を振って水滴を飛ばす。ひとがあっさり死んだ。あっさり。夢だったらいいのに。冗談じゃない。

 髪を乾かした。ながいかみ。

 扉が開いた。ランベールさんだ。無言で、雫のはいったゴブレットをさしだす。

 わたしは動かない。

「飲み込んでください」

「……あのひとは?」

「あなたが気にすることではない」

「あのひとは?」

 ランベールさんは溜め息を吐いた。「然るべき処置を施して()()してあります、ここで弔う訳にもいかない」

「……そうですか」

「飲んでください」

 ゴブレットを押しつけられた。うけとる。

 口をつけた。傾ける。〈雫〉を飲み込む感覚がどんなものかは解らなかった。唇か舌か歯か歯茎に触れると、消えてなくなる。


 ゴブレットはからになり、わたしはランベールさんへそれを投げつけた。無性に腹が立っている。ランベールさんはゴブレットをキャッチして、息を吐く。

(やす)んでください」

「怪我をしたひとは居ますか」

「いいから寝ろ」

「いや」

 睨み合う。

 わたしはランベールさんを押し退けて浴室を出た。

 顔に傷痕のある兵と、焦げ茶の髪をポニーテールにしている兵が居て、傷痕のひとが大きながらす玉のようなものを持っていた。

 廊下へ出ようとする。ポニーテールのひとが扉の前へさっと立ちはだかる。

 睨んだ。

「聖女さま」兵は声を震わせる。「どうぞ、お体を休めてください」

「……怪我をしたひとは」

「皆、聖女さまの魔法で恢復(かいふく)しています」

 傷痕のひとが云った。肩越しに睨む。「ほんとうに?」

「勿論です」

 ランベールさんが来て、わたしを抱え上げた。じたばたすると、ベッドへ放り投げられる。兵ふたりが悲鳴じみた声をあげた。「隊長」

「なんてことを……」


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