ワイバーン
よなかに襲撃されることはなかった。早朝だ。
悲鳴のような音で飛び起きる。出入り口傍にマーリスさんとシェリレさんが居て、シェリレさんが振り返る。
にこっとして、シェリレさんはわたしへ云う。「心配ありません。単なるワイバーンです。数も少ないですから、大丈夫ですよ」
目をぱちぱちさせてしまった。ワイバーン……って、ゲームに出てくるやつ。トリケラトプス? みたいなの。
単なるワイバーン、と片付けていいものなの?
外では悲鳴が響いている。悲鳴ではなくて、ワイバーンの鳴き声らしい。チェロをわざと下手に、無茶苦茶に弾いたみたいな、不快で耳を塞ぎたくなるような音だった。
これでは二度寝もできない。空も明るくなってきたし、起きたほうがいい。そう判断して、わたしはベッドを出る。シェリレさんがなにか云いかけたが、わたしが傍らの衣裳箱へ触ると口を噤み、こちらへくるっと背を向ける。
今日は、目的地へ着くのだし、それなりの格好をするべきなのだろう。
ワイバーンの鳴き声に辟易しながら、ドレスを選ぶ。体のラインがはっきり出にくいものだ。浅緑に、金のぬいとり、白のフリル。ペティコートはどっさり。それを着て、白い外套を重ねた。くつは、らくだ色の短めブーツ。口のところにフリルがついている。
わたしがきがえ終わると、同時に悲鳴も停まった。シェリレさんが、様子を見てきます、と出ていく。すぐに戻ってきて。大丈夫です、と報告してくれた。ただ、色々と処理があるのでもう暫くは出てこないようにと、ランベールさんからの指示があったそう。わたしは素直に、ベッドへ腰掛けて、許可を待つ。
みっつの火をお手玉していると、許可がおりた。外へ出て、用足しと、歯磨きをすませる。
ランベールさんが、無表情でやってきた。
「おはようございます、あめのさま。今日の夕方には目的地へ到着する予定です。どうぞ、馬車へ」
促されるまま歩く。背後で、宮廷魔導士や侍従が、テントを片付けはじめた。
ランベールさんはなにも云わないが、戦ったのだろう。どう見ても新品の外套を身につけている。
馬車へのる。今日も、馬車内の顔ぶれは同じだ。ランベールさん、コランタインさん、エッセさん、わたし。カードゲームでもやる?
ワイバーンについて訊いてみた。どんな化けものなのか、と。
説明を聴く限り、蝙蝠を大きくして、ドラゴンと鳥を加えた感じ。黒っぽい体で、羽根の途中に手がある、というか、腕の一部が羽根になっているというか。あしは大きくなく、頭が大きくて、よたよた歩く。くちばしがあって、顔は鳥っぽいみたい。長距離を飛ぶのだけれど、飛び立つのには相当な助走を必要とする。降りてきたら、地べたに居座って、羽根で風を起こしてくる。風に怯んだり、顔を背けたりすると、よたよたながらかなりの速度で走ってきて、人間の頭をひっこぬこうとする。
頭をひっこぬく、の辺りで顔をしかめた。こわい。そんな無茶苦茶なことをする化けものなのに、単なるワイバーン、ですませてしまうのか。
ワイバーンは、数匹で出てくるもので、さっきも四匹居たそう。コランタインさんがにこやかに自慢した。
「そのうち二匹は、隊長が切り伏せたのですよ」
「コランタイン……」
「真実ではありませんか。あめのさま、隊長はとても頼りになります。ですから、おひとりで出歩いたりなさらないでください」
わたしが頷くと、ランベールさんはちょっと目を伏せた。




