記憶 2
ランベールは足をはやめ、山を見ないようにして森を飛び出した。
森の近くは子どもらの遊び場で、平民の子どもらが、火の魔法を飛ばしあって遊んでいる。〈重たい炎〉を信仰するこの国において、火の魔法は一番尊い。だから、子ども達はまず、火の魔法をつかおうとする。つかえる魔法文字に〈火〉がない子どもは、仲間外れだ。
ランベールの姿が見えると、同年代の子どもらは、さっと距離をとった。睨まれているのを感じながら、ランベールはゆっくりと、邸へ向かって歩く。あちらとしてはとっとと立ち去ってほしいだろうが、敵対的な人物に配慮する必要はない。まして、母に対して悪感情を持っている、家とはまったく関係のない子ども相手では、なにを気遣う必要があろうか。
火が飛んできた。ランベールはそれを避ける。「異教徒め!」
子どものうちのひとりだった。ランベールより体格がよく、おそらく年も幾らか上だろう。そばかすだらけで、折ったことがあるのか、鼻がわずかに曲がっていた。
ランベールはそれをひと睨みして、ぷいと顔を背け、再び歩き出す。火が複数飛んできて、ランベールはそれを避けながら歩いた。
「〈捩れる水〉を信じてるんだろう! だったら、〈捩れる水〉をまつりあげる、頭のおかしな国へ帰れ!」
「異教徒!」
ランベールはそれらをまったく無視して、両腕に抱えた鞄を落とさないように、それだけに注意を向けて歩き続ける。あいつらは蝿とかわりない。まともに相手にするのはばかばかしい。
だが、ランベールはあしを停めた。
「不気味の森に出入りする、おかしなやつ」
「お前とお前の母親の所為で、剣聖さまは困ってるんだぞ!」
「剣聖さまは王さまになれたかもしれなかったんだ」
「本当に剣聖さまの子どもかも解らないくせに、どうしてのうのうとお邸に居るんだよ!」
困る?父さまが?
ランベールは立ち停まっている。
父が何故困るのだろう。寧ろ、困っているのは母だ。生国から連れ去られ、敵国の王子と婚姻を結び、改宗させられ、上位コンバーターを失い、新しいドレスの一着も仕立てられない貧しい暮らしを強いられている。おまけに、母を拉致して無理矢理結婚した父は、今日も国の為に遠征だ。妻と子どもが窮地に立っていてもなにもしてくれない父が何故困るというのだろう。
ランベールは子どもらを睨みつける。怯んだのが解った。
「なんだよ、まともに剣を持ったことだってないくせに……」
「先生が、お前は剣聖さまの子どもじゃないって云ってたぞ」
「だって、剣を持たせても、なんにもできやしないんだから!」
笑い声が響く。ランベールはそれを見ている。子どもらが自分をあざ笑い、ばかにするのを、しっかりと目に焼き付けている。こいつらは人間として数えないと決めて。
慥かに、師範の前では、ランベールはなにもしない。それは、師範が来るのが父が居る時だけだからだ。そんな人物に対して敬意を払いたくはない。だから、父が残念そうでも、ランベールはまともに打ち合わない。
「不気味の森に、〈捩れる水〉の祭壇でもつくってるのか」
「異教徒の母親にかわって、毎日参拝してるんだろ」
人間ではないから、まともに相手をしても無駄だ。だが、あまりにも煩い蝿は、追う必要がある。




